交通事故はいうまでもなく、デパート火災、通り魔、放火魔、居直り強盗、はては、道を歩いていると、頭上から、解体中のビルのコンクリートブロックがおちて来てケガをするといった、じつにおそろしい物騒な世の中である。
かかる突発事故はふせぎようがなく、日頃の養生も、体の鍛練も及ばない。及ばぬときの神だのみ、
「お守りでも肌身はなさず持ってたらどうやろ」
と、いうことになった。
そうして、カモカのおっちゃんは私にお守りをくれた。ヘンな形の土の鈴。
「何ですか、これは」
とためつすがめつ、私が触っていると、
「これ、そういう手付きで、いじくってはあきまへん。もっと、いとしそうに、そーっと、いじる」
私は、もしや食べものかと思い、ためしに歯にあててみたら、やっぱり土。
「食べたらどもならんがな。いや、ホンモノは食べることもあるが」
とおっちゃんはいい、どうも怪しい。
「はて、面妖《めんよう》な……」
「何をいうか、これは田県《たがた》神社のお守りですぞ。ありがたいお守り、子孫繁栄、夫婦和合、家内安全、商売繁昌……」
やっとわかった、田県神社が出てわかった。なーんだ、これは男性自身をズバリかたどったもので、鈴の舌も、同じく小型のそれになっている。
愛知県・小牧市にある田県神社は五穀豊穣の神サンで、したがって拝殿に巨大でリアルなアレが祀《まつ》られてある。社務所で売っているお守りもことごとく、このたぐいのもの。今ごろ気がつく阿呆の私はしげしげ見入り、ハ、ハ、ハ、ハ、と馬鹿笑いして、おっちゃんにたしなめられる。
「しかし、これはお守りとして持ち歩くにはカサが大きすぎますね」
「ハンドバッグヘでも入れておいたらどうですか」
しかしバッグをあけたとたん、そのものズバリのリアルな鈴が出て来たりしては、淑女の名誉にもかかわり、目撃した人も目のやりばに困るであろう。やはりお守りというからには、金襴の袋に入った、例の白い紙に巻いたものがよい。品がある。
私は前に、インドみやげに、インドのお守りをもらった。象牙を刻んだ米つぶほどの象で、その小さな象のおなかの中からさらに何十個という砂粒のような小さい象がでてくる。幸せをよぶ象だそうだ。
私はこれがいたく気に入った。美しくてかわいらしく、小さいのがいい。天眼鏡をあてて一粒ずつ調査したが(こんなことをしているから、ますます、原稿の締切りにおくれるんだ)、みんなちゃあんと、象のかたちをなしていた。
そのほか、お金をよぶという銭亀《ぜにがめ》、これは貝を刻んだもので、小さな小さな亀サン。これを財布に入れとく。幸せをよび、金をよべば、あとはもういらん。男はかってに吸いよせられるであろう。
「しかし、一身の安全を考えねばなりまへん。突発事故で、頭上にコンクリでもおちてきたら、たちまち、在りし日のおせいさん、になる」
とおっちゃんはおどかし、では身の安全はどこの神サンがええかしら。
「いや、神サンのお札よりは、死とセックスは究極、同じもんだすよってに、エロ写真なんかお守りにしてる人が多いですなあ」
ポルノ写真なんか、いくら何でも女が肌身はなさず持ってられない。それに、男から見ればエロでもポルノでもあろうが、女から見れば、あのたぐいのものはまるで警察の鑑識課の人がうつした、犯罪現場の写真みたいな感じ。
「いや、そういいますが、危険な仕事にたずさわる男、第一線で身を張ってる男は、そういうものを身を守る心のより所にする。舟乗り、兵隊、現場の作業員、あるいは極道モンがケンカ出入りのときに持つ」
「名刺入れ? 財布に? 定期入れにですか」
「知らんがな、そんなこと」
「大きな写真やったら入れへん」
「よっぽど、カサのことが心配やねんな。もっとトコをとらぬものというと、毛ですな」
「タヌキとか、ブタとか……」
「あほ、それはブラシ用やがな。ちゃうちゃう、女の毛。女の影の毛」
「そんなものがお守りになりますの?」
「これは霊験あらたか、いうてみんな喜ぶ。兵隊はタマよけになり、舟乗りは嵐をまぬがれる、という」
では交通事故にもいいだろうか。朝日放送ラジオの早朝番組「お早うパーソナリティ」で、毎朝二時間半も一人でしゃべりまくっているという、ごくろうな男、中村鋭一サンにいわせると、彼の友人は、交通安全お守りとして避妊具をたえず携帯しているという。すると慎重運転のお守りになるという。
「アノ、のびたりちぢんだりするアレですか? どうしてアレがお守りになるの?」
「つまり、車を運転していてですな、もし事故をおこしたとする。すると所持品くまなく検査されるであろう。そのとき、かのプライベートなもちものが、白日のもとにあばかれる」
と、エーちゃんが重々しくいった。
「あばかれたっていいではありませんか。いまどき紳士のたしなみ、武門の心得やないの」
と私はいった。
「いや、ちがう。その友人はこのごろ、とんと奥方にごぶさたしてますねん。それが、もし、あり得べからざるものが出てきてみなさい、奥方にとっては大ごとです。それゆえに、絶対あばかれないためには、事故をおこさんようにすること。そのためには、慎重な運転を心がけると。避妊具が彼にとってお守りとなっておるのは、こんな関係ですわ」
なんでそんな、まわりくどい、ややこしいこと、せんならん。
その友人とはエーちゃんのこととちがいますか。