飴玉をしゃぶりながら楳図《うめず》かずおの恐怖マンガをよんでたら、ほんとに怖くなって涙が出てくる。ことに「赤んぼ少女」なんてぞっとする傑作。あんまり怖いのでページを伏せてしまうが、でもやっぱりおそるおそる見てしまう。コワーイ! とうとう、よんじゃった。
そこヘカモカのおっちゃんがあそびにきた。
「ええ年した、大の女が、何ちゅうざまです」
とたしなめる。私は抗弁して、
「そういうけど、楳図かずおは凄いんやから。四十女だってマンガぐらいよむわよ」
「マンガのことなんか誰もいうてえへん。ええ年して、飴玉しゃぶってる阿呆があるか、いうねん。オトナなら酒を飲む」
そこでまた、酒盛りになる。
「おっちゃんとは、|酔い仲間《ヽヽヽヽ》とでもいうのかなあ」
「飲み仲間の上をいく奴ですな」
「|やり《ヽヽ》仲間ではないわけダ」
「女のいうこととちがう」
「じゃ、どういうの」
「|させ《ヽヽ》仲間」
「よけいいやらしい」
しかし、男と女の間には、いろんな仲間関係があるわけだ。夫と妻の「喜びも悲しみも幾年月仲間」、許婚者同士の「結婚まで待てない仲間」、または、結婚なんかじゃまくさい「同棲ごっこ仲間」、既婚者同士の「不倫仲間」、いろいろある。その中で、何が一ばん、きれいな関係だろうか(ここではむろん性的関係である)。
「男と女の仲にきれいも汚ないもおまへんよ」
おっちゃんみたいにいうと話はすすまない。
私は、ほほえましいという点で、やっぱり若い未熟な、イイナズケ同士の関係が、純粋であるように思われる。一ばん面白い思いをするのは、やっぱり既婚者同士の仲ではないでしょうか。
「何が面白い」
「双方、人目を忍ぶスリルがありますでしょ、退屈しのぎにうってつけだと思うよ。しかも、どちらも一国一城を失ってはこまるから、あとくされないし、愉快な一幕というわけです」
「そうかなあ。すると、一ばん、いやらしい仲は、どんなんです」
「それは、金で売り買いする性的関係でしょ」
「女はみな、そういう」
「しかし、あえて私も、そういいたいですね。好きでもないのに金を貰うから寝る、というのは、女にはどうしても純粋とみとめられない」
「しかし、そういう仲は、かけひき仲間、商い仲間とでもいうべきもので、べつにいやらしいとは思えん。そういう仲でも、純粋な仲もあるかもしれん」
「金をやりとりして!?」
「純粋な金かもしれん」
おっちゃんは酒を一ぱい飲んで言葉をつぎ、
「やはり、いやらしいというと、夫婦の仲とちがいますか、エッチ度からいくと」
「それはまあ」
私も否やはない。夫婦仲がいい、なんていわれるのは、私には愧死《きし》すべき恥ずかしさに思われる。琴瑟《きんしつ》相和す、夫婦でワイン、みな恥ずかしい、穴があったら入りたい、いやですねえ、おそろいのセーター、夫婦《めおと》茶碗、夫婦で晩酌、さしつさされつ、人さまに見せるもんではありませぬ。かげでこっそりやるもの。やっぱり夫婦って、エッチの極致だと思いますよ、私も。ほんとは。
「それはそうですが、また、そこに人生のええとこもありますからな」
おっちゃんは、絶対に、白黒をハッキリしない男で、最後にはかならず「しかし、いいとこもある」というのだ。
「夫婦のむつごとは一ばんエロチックでいやらしいもんではあるが、それだけに、一ばん、ヒトを感動させます。今日び、ポルノ小説、ブルーフィルム、絵・写真、猟奇性犯罪ニュース、何を見聞きしても、|しん《ヽヽ》から、ぐっとくるエロ味は、もう無《の》うなった。みな、聞きなれ、見なれたことばかり。しかるに、ヨソの夫婦のうれしい交歓・めでたいまぐわいなんか、フトのぞいたり、言葉の匂いや物腰の折々にピンと感じたりすると、物凄くこたえますなァ。ぐっときます」
「ハア。そんなもんでしょうか」
「而うして、あくる日は細君《よめはん》がハナ歌で心もかるくウキウキと、立ち働いてはったりして、そばから見てて、うーむと、感動する。じつに、エロチックです」
「なるほど」
「そういうのを、真の意味の、いやらしさという。いやらしさ、というのは、それがホンモノやったら、まわりを感動させます」
「しかし、夫婦って、どうしていやらしいんでしょう?」
私は素朴な疑問を提出した。
「それは、わかりきったこっちゃないかいな」
おっちゃんはこともなげに、
「子供のケンカに親が出るからです」
「子供って?」
「ムスコとムスメが、なんぼ揉《も》めてても仲良うても知らん顔してるのが『他人の関係』、これやと、さっぱりしていやらしくない。節度があります。しかし夫婦は、ムスコとムスメがケンカすると、親まで子供のケンカに口を出してもめる。ムスコとムスメが仲ようすると、親同士も仲ようなる。その関係が、いかにも子煩悩むき出しで、いやらしい」
「子煩悩」
「それぞれのわが子のいい分に耳かたむけて、ムスコやムスメに甘い。まあ、そのせいで、いやらしくなるんでしょうなあ」
「では、一ばん清潔な男女の仲、というのはどんなんでしょ」
「それは、おせいさんと僕みたいな『酔い仲間』でっしゃろ。尤も自慢にならんけど」
とおっちゃんは私の盃に酒をついだ。