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イブのおくれ毛30

时间: 2020-06-10    进入日语论坛
核心提示:日本のモナ・リザいずこを見ても、今はモナ・リザの大はやりである。モナ・リザを見にゆかずんば人にあらず、人は数秒の鑑賞のた
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日本のモナ・リザ

いずこを見ても、今はモナ・リザの大はやりである。モナ・リザを見にゆかずんば人にあらず、人は数秒の鑑賞のために、大枚の金と貴重なる時間を費やして、モナ・リザ詣でに押しかける。パンダの次はモナ・リザと、見るものに事欠かぬは、泰平天国ニッポンのありがたさである。
モナ・リザが何ぼのもんじゃ、とタカをくくるのは勝手であるが、さればとて、押しあいへしあい見にいく人を愍笑《びんしよう》するにも当らないのであって、世紀の名画をナマで見られるということになれば、無理をしてでも行列するのが自然の人情であろう。
私は先年、フランスでモナ・リザを人々のあたま越しにチラと見たが、ここでも黒山の人だかりだった。ほかの絵には目もくれず、人はその前に集まっていた。黒山といったが、これはあやまり、日本人観光客のみならず、金色、栗色、茶褐色、銀色のあたまが蝟集《いしゆう》していて、何も日本人だけが物見高いのとちゃう。
かつ、日本人だけが俗流名画に弱いのとちゃう。
アメリカ観光団もヨーロッパのお上《のぼ》りさんも、モナ・リザの部屋へ入ると、我がちに走っていくんだよ。偉大なるかな、レオナルドおじさん。
カモカのおっちゃんも、モナ・リザを見にいくだろうか。
「いや、僕はいそがしいので、見にいきたいけど、時間がおまへん」
何でおっちゃんがいそがしい。酒飲んでる時間をすこし割《さ》いて名画鑑賞にあてれば、人格向上に資すること、うたがいなしなのに。
「モナ・リザの絵もきらいやないけど、何ちゅうたかて、毛唐の女。僕はやはり、日本のモナ・リザが好ましいなあ」
「日本のモナ・リザって何ですか」
「昔ようありましたやろ、『中将姫』の絵」
「ああ、見たことあります。今もちょくちょく見ますね。私、冷え症のとき『中将|湯《とう》』服《の》むから知ってる」
「あのお姫さんの絵はまさに、日本のモナ・リザですぞ。あれは古い。僕らの子供時分、お袋は、あのマークのついた薬袋から、婦人病の薬出して服んどった」
「そういえば、子供時代、どこの家でも、よく煎《せん》じてましたね。今は紅茶みたいにパックになってますけれど」
「昔はどこの家も暗うてなあ、今の文化住宅みたいに日当りがええことない。家をのぞくと奥は深く、手もとはうす暗い。じめっとした、ひんやりした空気。そこへどこからともなく強烈な薬湯の匂いがただよってくる。これみな、お姫さんの絵のついた煎じ薬」
そういえば、子供の私が、友達の家へ遊びにいくと、出てくるおばさん、煎じ薬の匂いをただよわせていた。
たいがい、小さな四角い頭痛膏を、コメカミに貼ったりし、衿元には、癇性病《かんしよや》み(潔癖症)らしく、まっ白いハンカチを掛けて汚れを防いだりし、前だれは、着物の前身頃の傷みをかばって、裾まで届くような長いもの、しかめっつらで深刻な顔。
「あれは、どこがわるかったんでっしゃろ」
とおっちゃんもいう。
「さあ——頭痛もち、冷えのぼせ、血の道、ショーカチ(膀胱炎)、ヒステリー、婦人病一切でしょう」
「それに亭主の浮気もあったんかも知れん。昔は、浮気は男の甲斐性いわれとった。女はじーっと辛いけど堪えとったんですわ。それが婦人病へくるんですな」
「医者が見てもなおらなかったでしょうね」
「結局、中将湯なんかを服用せざるを得ぬ」
昔の婦人病は暗い感じだった。そういえば私は、「明るい顔のおばさん」をあんまり見たことない。
「それに時代も暗かった。暗い戦時中やからねえ。張り切っとんのん、阿呆な軍人と軍需工場の親方だけや。特高、憲兵、隣り組、在郷軍人に町会長、号令、行列、猛訓練、ええことちっともなし。暗い暗い世の中で、中将姫のマークひとり、町のあちこち、家の中のそこここで、明るくほほえんでるわけや」
「あの絵は、やさしくて、かわいらしい顔をしてますねえ。髪がきれいに顔に垂れかかっていたりして」
「僕ら、子供ながらに、きれいな女のひとやなあ、と思いましたな」
「おっちゃんの、春のめざめですね」
「春にめざめし中将姫、あのマーク見て、しばしうっとり、あこがれましたなあ。こんな女のひとが世の中にいるかもしれんと思うと、戦争中の少年時代も希望が湧いてきた。中将姫のマークは、お袋の象徴というより、いうなら、日本の国母という感じで、光り輝いとった。つまりこれぞ、日本のモナ・リザです。あれからこっち、日本にはモナ・リザは出てへん。女みな、こすっからい顔ばかり。とてものことに、国母という、気高くやさしい顔はおまへん」
「ウヌ、それは男かてとちがいますか」
私、負けずぎらいなの。
「昔、よくありました仁丹の広告。ナポレオン帽に大礼服のおじさん。あれは男らしい顔でしたわねえ。少女の私にとっては、ミスター仁丹は、近寄りがたい男の威厳と気高さの象徴やったわ。——あたしって、男はみんな、あんな気高い人格者だとばかり思ってたんです。でも、そうじゃないってこと、ようく、わかったんです。特に夜なんか」
「こら、宇能鴻一郎センセイの口真似するんやない」
とカモカのおっちゃんは眉をしかめてたしなめた。
「仁丹は中将姫とは一緒になりまへん。仁丹氏の顔は立身出世した明治新政府、高官風ですぞ。あるいは参議院に打って出ようかという顔。男の顔をたずぬれば、昔のナンバースクールの生徒の顔なんか、よかったなあ。〈剣《つるぎ》と筆とをとりもちて、ひとたび起《た》たば何事か人生の偉業成らざらん〉ということ、ほんまに信じとるような、純粋澄明な、理想に燃えた顔しとった」
「へん。その成れの果てがカモカのおっちゃんではありませんか」
この勝負、引き分けになった。
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