連休のあいだ、都心はにぎわったそうだが、同伴ホテルも満室であったと、さる知人が報告してきた(私自身の見聞ではない)。
玄関脇の小部屋に、アベックが幾組も、空室になるのを待ってたそうである。
この調子では一九九九年は七の月、「恐怖の大王」が空から|けったい《ヽヽヽヽ》な物を降らして人類を滅亡させる瞬間まで、この種のホテルは一ぱいなのにちがいない。
カモカのおっちゃんは、よくも飽きずに精出しはるこっちゃと呆れてる。
「おっちゃんはもう、飽きましたか」
「飽いた、いうより、今日びの女の子、あまりにも風情《ふぜい》がないので、もう、イヤになってしもた。若い子はもう、あきまへん」
「おっちゃんが相手にされなくなったのではありませんか」
「ああいう女なら、むしろその方が望むところです。あんまり、えげつなさすぎて、辛うなります」
どんな女の子かというと、ホテルヘ入る、ここまではよい。二人だけになるとおくゆかしく、羞じらいつつ着ているものをぬぐ、というようでありたいのに、パッパッと勢いよくかなぐり捨て、小学校の身体検査じゃあるまいし、胸張って闊歩《かつぽ》し、ときに鏡の前でわがバストにつくづく見入ったりしてポーズをとり、あたかも、
「遠くば寄って耳にも聞け、近くば寄って目にも見よ、われこそは……」
という武者名乗りを上げそうな鼻息で、わが肉体美を誇示し、そのうち、くしゃみなどつい、なさる。出物ハレモノ所きらわず、くしゃみも放屁《ほうひ》もべつに差支えないというものの、それも女らしく両手で掩って、どうかして小さな音ですまそうという心遣いならかわいげもあるが、手放し、傍若無人のハックション、それもわざわざ語尾をハッキリ発音して、
「ハックショーイ!」
などとかまし、おっちゃんはその威に打たれて飛び上ってしまうという(すべてハクションなど、一家の主人のほかは大きな声をたててはいけないと『枕草子』にもあるくらいだから、おっちゃんの感じたイマイマしさは私にもわかる気がします)。
中には、ぬいだ下着をとりあげて、明るい所へ持っていって、つくづく検分なさる麗人もあり。
「マサカ……終戦直後の銭湯《ふろや》ではあるまいし、シラミを調べてるんじゃないでしょ」
と私がいったら、おっちゃんは首をかしげ、
「どういうことですかなあ……。『あ、かゆいかゆい思《おも》たら、髪の毛はいっててんわ、それでやわ』なんて仰せられてつまみ出され、ついでにパッパッとふるわれる」
ついでお風呂入りの段取り、ネオン風呂、香水風呂とりどりの結構な浴槽で、派手に、ぱしゃぱしゃと洗い、ひどいのは、ついでに髪を洗って湯代を倹約なさる佳人もあり、中々、上ってこないので、どうしたかと思うと、
「バシャバシャと、ストッキング、パンティ、ハンカチを洗濯しとる」
「マサカ」
「いや、もっとえげつないのは、帳場に電話して、何というのかと思うと、『ねえ、カカトこすりたいんだけど、軽石もってきてえ』などと仰せられます」
ウソツケ。
ともかく、やっさもっさの内に、ベッドインとなるが、このとき、種々《くさぐさ》なる癖あり。
ハンドバッグを枕元にヒシと引きよせる美形あり、バッグの中から財布を出して金をかぞえ、安心した如く、また蔵《しま》いこみ、ついで手帳を出して入った金、使った金額を書きこむ、真剣な顔の傾国あり。
さらに、ベッドヘのびのびと横たわるが早いか、腕時計の竜頭《りゆうず》を廻しつつ、
「ねえ、いま何時?」
と時計を合わせたり遊ばす。いよいよ競技開始かと思っていると、ふと立って、
「『勝海舟』がはじまるわよ」
とテレビをつけたりなさる。
中に世帯もちのいい方は、出された最中《もなか》をぬからずハンドバッグにしまいこみ、そのくせ、トイレットペーパーをふんだんに使って手拭きになさったりする。
更に、たのしいことがはじまると、これはもうじつに、目移りするほどさまざまの嗜好があり、そのどれも、おっちゃんは好きにはなれぬ。
まず、コトがはじまって、途中で、しばしタイム。
「ちょっとまって。トイレヘいってくるわ」
とのたまう生菩薩《いきぼさつ》があって、これもどうかと思う。今まで辛抱しとったんかしらん。
蒲団、枕の位置、シーツの皺《しわ》を直すのに、やっきになっていられる別嬪《べつぴん》あり。
「あたし、きっちりしてないと、気がすまない性分なの。そういう育ちなのね」
などと仰せられ、きっちり育っとるもんが中年男とこんな部屋にいるのも、どうかと思いまっせ。
やたらとおなかの空《す》く紅一点、何かするたびに、
「ねえ、ここスパゲッティ出来ないかしら。天ぷらうどんでもいいわ。電話で聞いてみてえ。とんかつぐらいはあるでしょうね」
食堂とホテル、はいるとこ、まちごうとんのん、ちゃうか。しまいに、たいへんな所までかじられそう。
そのほか、電話好き。これはホテルの部屋から友人にかけ、トメドなくしゃべり、
「いま誰といると思う? あててごらんなさい——ちがうわよ……ウウン、ちがう、もっとヘンなおっさんなんだ……」
などといったりする。聞いてる「ヘンなおっさん」どんな顔したらええねん。
「いやもう、願い下げでございます。こちとら、恐怖の大王がお出ましになるまで、もう酒一本で通します。せいぜい、おせいさん相手にクダまいてるのが相応。やはり何ですな、中年男には中年女、僕はもう、若い女の子、あきまへんわ」
おっちゃんはシミジミいうた。