風呂代値上げになって、お風呂屋へも心安くいけなくなってきた。
私は家にガス風呂があるので、旅行で温泉へ入るほかは、ヨソの風呂へいったことはない。
しかし、銭湯そだちであるから、公衆浴場は大好き。かつ、私の住む界隈のいい所は、いくらもゆかぬ平野という町の、つい北に温泉があり、そこでは町なかに珍しく、ホンモノの温泉があるのだ。天王谷温泉という。思うに、有馬温泉の親類ではないかしらん。地つづきである上に、泉質も、有馬によく似ている。
ふつうの銭湯よりは高いが、手軽に温泉へ入れるのでじつにいい。こんな結構なるお湯が近代的大都会のどまん中にあるところ、神戸はいい町である。天王谷温泉の湯はすこし色を含んで、タオルが茶色になる(これも有馬温泉のある源泉に似ている)。じんわりとあたたまってくる湯で、そのあと、ふつうのお湯をひっかぶって洗い流して出てくると、まことにさっぱりする。
町なかで湯治ができるから愉快。
しかし湯治しなくても、銭湯というものは狭くるしいわが家の、棺桶のような風呂とちがって、
のびのびとしているので、冬など体のあたたまり方が全然ちがう。
子供のころ、冬になると母は家の風呂は寒いといやがって、私たち子供を連れて銭湯へ出かけた。風邪をひいたりすると、よけい引ったてていかれる。
風呂屋の隣りはうどん屋で、まことによくできている。ここで熱い、舌を焼くようなうどんを食べさせられ、家へ帰ってすぐ蒲団にくるまって寝る。たちまち万病退散、と信じられていた。
昔の風呂屋は、療養所でもあったわけだ。
そういう町の簡易療養所が、現代は、経営難から一つずつ、しだいに減っていくのは残念である。
風呂屋につき、カモカのおっちゃんと、うばざくらの美人記者がいい合いしているのはまことに面白い。
「女の人は髪の毛を洗うんやから、男も女も一律に風呂賃値上げというのは、どうかと思いますなあ」
とおっちゃんはいう。うばざくらは反駁し、
「髪洗い賃は別に出していますわよ。男の長髪の方がけしからんと思うわ」
「その代り、男は丸っ禿げの奴がおりますから、差引きトントンです。女にツルッ禿げがいますかね。いや、丸っ禿げでなくとも、まん中が抜けてる抜け禿げも、女には見まへん。よっぽど、男の方が湯を使う分量が少ない」
うばざくら、憤然として、
「でも、男の人は、女にくらべて成り余れるところがあるじゃないの、そこを洗うぶんだけ、余分にお湯を使うでしょ」
何の話か、私は知らん。
「だから、男の方を女より高くすべきだと思うわ」
「無茶いいなはんな」
とカモカのおっちゃん。
「それは女の方にこそ、高くとるべきですぞ。なぜかなら、女はガバッと湯を吸いこんで持って帰る」
何の話か、これもわからん。わかるようなわからぬような。
うばざくら、やっきになって、
「ガバッとなんてオーバーなこと、いいなさんな。第一、そんなたくさん吸いこめるはず、ないでしょ、吸上げポンプじゃあるまいし……」
「しかし、田中のコミマサおじさんによれば、ポンプ女もいるらしい。女は大なり小なり、吸い上げるもんとちゃいますか」
「うそいいなさい、そんな筋肉ありませんよ」
「いや、ダムの水門みたいにハッキリしてないけど、自動的にうごく安全弁みたいなものが、本人の意志にかかわらず開いたり閉じたりしませんか」
「魚のエラじゃありませんよ、バカバカしい。お湯なんか入りません!」
「入りますくらいな」
両雄ゆずらず、かくなる上は実地に験《ため》して雌雄を決せんのみ。
「オイ、おせいさんやってみ」
お鉢が私にまわってきた。何で私が、安全弁の自動装置の実験なんか、させられんならんねん。
私は考え考え、いった。
「それは何です、男の人が思うほど、あの水門はシマリのないものではないと思うよ。『縫い目はあれどほころびず』というのは男の七不思議の一つですが、女の七不思議の一つは、『ほころびたれど漏れはせず』なんだ。漏れないものが、開いて吸い上げるはずないでしょ」
「しかし手押しポンプを使ったあとなどは如何なもんでありましょうか」
としつこいおっちゃん、何の話や。
「かつまた、麻薬の運び人、宝石の密輸屋、みな、倉庫に使うのでありますし、見せ物芸はいわずもがな。こうなると、ふつうの人でも風呂屋の湯ぐらい汲み上げていきまっせ、そら……」
うばざくらは考え、
「うーん、そうやねえ……まあ、手押しポンプはともかく、あたしはスポイトとよびたいんですが、それで以て目薬をさす、そうすると、やはり、あふれた目薬が、しばらくたつと、水門からツ、ツーとしたたってくる、ということはありますが……。でも、みずから安全弁をひらいて、吸い上げることはないと思うわ」
目薬、スポイト、何の話か、ややこしい。私はおっちゃんにべつのことをきいてみた。
「いったいその、風呂屋の湯を汲み上げる汲み上げると、おっちゃんさわいでいますが、汲み上げて女がどうするッて思うの?」
おっちゃんはいう、
「しれたこと。風呂屋の湯を汲んでは運び、汲んでは運びして、家で風呂をたてよる。女の|しぶちん《ヽヽヽヽ》」