「あんた、このごろ、あちこちで古典のききかじりよみかじりを、書きちらしているようであるが」
と、カモカのおっちゃんはいった。
「どうも、教養の底が浅うていけまへん。一つ、『源氏物語』を講義してあげよう。まず須磨・明石からはじめまひょか」
「ウン、いいね」
「須磨にはいとど、心づくしの思い出がありましてな。僕の童貞を捨てた場所」
「ヒッ」
「須磨の松林、月もなき浜辺、向うも処女でした。コトが終ってから、僕は——まだ純真|無垢《むく》な年頃や——まことにスマン、というた。すると向うは、『これで私の処女のアカシがたちましたか』と」
「それから」
「それで終り」
「チェッ」
「何をいう。これが、カモカ源氏『須磨・明石』の巻や」
そんなこというてるから、おっちゃんは若いものにバカにされるんだなあ、と私はつくづく思った。
「何をいう。こういうことをいうてるから、人間はちゃんとなるんです。いつでも、こういうことがいえる男でないとあきまへん」
「国会でも」
「国会でも施政方針演説の原稿と差しかえて、こんな講義して、ちっとも場ちがいでない男でないと、あかん」
私はウームと考えた。
私はこのごろ時々、テレビの出演者や身のまわりの男を見て、威張ってる男や、尊大傲慢な男や、ウソつく男、自慢する男、鼻っ柱のつよい男、事大主義の男を見ると、こういう物々しい男のモチモノ、やっぱり物々しいのかしらん、と考えて、おかしくてたまらなくなってしまうことがあるのだ。なぜ、こんな癖がついたのかしらん。
或いは佐藤愛子チャンのせいかもしれない。佐藤愛子チャンはおかしな人で、以前、
「男のシンボルが走るとき揺れるのは、けしからん!」
と怒っていた。
「揺れたってええやないの」
と私がなぐさめると、彼女はよけいいきり立ち、
「大体、ぶらぶら揺れさせる、ということが軽佻《けいちよう》浮薄のきわみなのです!」
と一喝した。どうもそれを聞いてから、私は、その一言があたまにこびりついていけない。愛子チャンに洗脳されちゃった。
私の場合、物凄く威張り返ってる男を見るとする。自分に力があると思いこみ、人を|あご《ヽヽ》で使い、鼻であしらう、そういう男を見ると、私はぼんやり考えるんだ、彼のモチモノも、やっぱり威張った顔してるのかなあ。——すると、もうおかしくて、男の顔を見ていられない。
また、うぬぼれ屋の男がいる。美貌自慢、職業自慢、出身校自慢、閨閥《けいばつ》自慢、そういう男のモチモノも、やはり得意に鼻うごめかせて、人々の賞讃の声を聞こうと鎌首もたげてるのかと思うと、失笑を怺《こら》えるのに努力を要する。
また、何でも物々しく仰々しくいい立てる男がおり、接待されると(そういう奴は必ず、接待される側で、する側にはならない)、その場所が二流であると文句をいい、送りの車が安タクシーであったと拗《す》ね、重役が出迎えなんだとゴネたりする。自分を、何サマやと思《おも》とんねん、そんなに、人間が人間に対して威張る資格は誰にもないのだ。そういう男のモチモノ、やはり物々しく仰々しく肩肘はってるのかと思うと、じつにおかしい。そういうときは、愛子チャンではないが、揺れてるだけでおかしい、ということもある。
だから男は、あんまり威張ったり、意地わるしたり、腹黒いことをしたりしない方がいいのだ。
ごくふつうにしてれば、モチモノが、ぶらぶらしてると思っても、ちっともおかしくないのだ。それは感じのいいことであって、いかにも似つかわしく(まして愛子チャンのように「けしからん」と私は思わないので)、ヘンに威張るから、おかしくなるのだ。家庭の中でも男は女より上等の種族だと、根拠もなく信じこんでる横暴亭主が居り、妻はみんな心の底で、男の原罪的な「こっけいさ」「おかしさ」をかみしめつつ、ハイハイ、と無理難題をきいてるのだ。
オール男性諸君に告ぐ、女はみな心の底で私みたいに思ってるのだから、あんまり人目に立つような威張りかた、ゴテかたはしない方がいいよ。いつも、男はこっけいな存在なのだ、と心にかみしめて生きていかれたい。
私がそういうとカモカのおっちゃん、また例のごとく私に逆らう。
「女にはわからんやろけど、男の世界には、威張らないかん、勿体ぶらないかん時と場合がありましてなあ、これはしょうがない。そういちいち、男をいじめなさんな」
「どっちのいうこと。女の方が何といってもいじめられる度合は大きいのです」
「いやいや、女でも意地悪な人、威張りたがる女、中々、多いですぞ。僕思うに、あれらは、男とナニしたことない女とちがいますか?」
「そうかなあ」
「当り前ですわ。いっぺん男とナニしてみなはれ。自分がどんな恰好したか、あとで思い返してみると、あない人前でえらそうに演説なんか、ぶてまへん」
「しかし……」
「女の中にも、腹黒いの、ズケズケいうて男をぼろくそにいうの、男をあごでこき使うの、いろいろえげつないのがいます。これは、男とナニしたことのない、可哀そうな女かもしれん。一ぺん男とナニしたら、人に向って威張れるはずがない。おのれがどんな恥ずかしい恰好したか、じーっと思い返してみて、人にえらそうにいえるか」
「でも……」
「要するに、男に、不肖の息子の存在を忘れるなというなら、女も、おのが恰好を、つねに肝に銘じて忘れぬことです」
イーッ。キライ!