私が信頼するすぐれた評論家の樋口恵子さんは、「男の子にあと始末のしつけを」と提唱されている(『毎日新聞』昭和49年8月12日付)。
男はあと始末のしつけを受けていないので、前へ前へと進むだけで、他者の痛みを予測しない。「世界に冠たる日本の公害体質は、あと始末を知らない日本男性によって支えられ、拡大再生産されてきた」といっていられる。全く同感である。私は「家庭科の男女共修をすすめる会」に賛成である。
そういうことは、日本文化の根本が、女性的論理や思考に冒《おか》されることだと難ずる男が多いが、それは関係ない。
日本文化というのはフシギに、男性上位の社会でも、女臭をただよわせるところに特徴があるのである。
日本文化の女性的傾斜を論じていると長くなるから止すが、どうしてまあ、男というものは本当に、あと始末、わるいんでしょう。
私は前にもどこかへ書いたが、子持ちでワンセットの男と結婚して一ばんびっくりしたのは、息子たちが徹底して男性上位の躾《しつけ》を受けていることだった。これから見ても、男子三歳までにあと始末の訓練をさせるべきで、もう小学生ともなると手おくれである。
私は、小学五年の次男が、外から帰ってきて、
「ただいま。表に犬のフンが落ちてるよ」
と私に注意したときの驚倒と憤怒を忘れがたい。
「バカッ。フンが落ちてりゃ、オノレが掃《は》けッ!」
と私は、怒髪、天をつくが如く、怒号した。
女をなんだと思ってるのだ、こん畜生。
ほんとうにびっくりしたんでございますよ。
何という躾をやらかすのだ。こういうことを男の子にいわせる母親というものがどだいバカなのだ。自分が住んでいる家や自分が食べたもののあと始末をするのは人間として当然のことで、男も女も、区別があるはずがない。
男の子は、そんなことをいちいち考えていては、りっぱな仕事ができませんよ、と、母親自体から苦情が出るかもしれないが、しかし、では、りっぱな仕事、というのは何だろうか。大学へ入って一流会社へ勤めるか、役人になるか、何にしたって男のやってることを見れば、りっぱな仕事、というのは金もうけと戦争に集約されるのではないか。もはや大航海時代は終ったのだ、りっぱな仕事をするのは、女の中にもいるかも知れず、男だから女だから、というので家庭科を区別する必要はない、と思う。
日常生活では赤児と同じに、手の掛る男がいる。私は、いくらかわいくても、こんなバカみたいな男はごめんである。洗濯一つできず、料理も知らず、妻がいないとヒゲぼうぼうになり、空き腹と憤怒を抱えて隠忍している、というような男は、私には無能のバカ者としか見えないのである(尤もそれと同じく男がいないと食っていけない、という女も、しかり、である。男がいなければ淋しくて生きていけない、というのなら話はわかる。しかし男に食わせてもらわなければ生きられない、という女はこまったものである。自分の手で食べるということも、人間に生まれたあと始末かもしれない)。
ところで、市川房枝さんのところから、この間、カンパのお金が還ってきた。選挙のとき「供託金を募る会」というのがあり、いささかカンパしたら、はじめの約束では、選挙後は返却するということで、私はむろんそんなことを考えずにカンパしたのだけれど、ほんとうに全額、返済してこられた。
私だけでなく、すべての募金に応じた人に返されたものだと思う。すぐれたあと始末ぶりである。
また、野坂昭如センセイは、選挙後も、事後運動の会を主催して、立候補のときの所信の責任をとりつづけていられるのは、りっぱなあと始末と思う。スジの通ったことであろう。
かの太陽への挑戦者のあと始末とは、えらいちがいである。
あと始末を考えないで、その場その場でハッタリをやってるのなら、それは、いくらでも「りっぱな仕事」ができるわけで、カッコいいことであろう。
すべて、カッコよさというのは、あと始末なしのところに生まれる。
カッコよさ、というのは、やってる当人にいうと、とても怒るところに特徴がある。
私は以前に、ゲバ学生と話してて、何心もなく、
「カッコいいと思ってる?」
といって、いたく叱られた。彼は怒りでとび上り、
「カッコいいと思ってやってるんじゃないんだ!」
と叫んだ。これは彼が、もしかしたら、自己陶酔でカッコいいと思ってたせいかもしれない。しかし彼は、あと始末なんか考えないから、ゲバってられるのである。
「あと始末、あと始末というても、なあ……」
カモカのおっちゃんは考え深げに、
「男はあんまり、あと始末を叫ばれると萎縮してしもて、ほんならはじめから、やめとこか、という奴もでてくる。僕も、あと始末がじゃまくそうなると、何もせんとこ、ということになる予感があります」
「そんな|ものぐさ《ヽヽヽヽ》、おっちゃんだけでしょう」
「いや、その昔、石原慎太郎サンが、障子を破ってみせたときも、男はみんな、いうとった。破ったあと貼るのン、誰やねン、て。自分で破って自分で貼ってられまッか、じゃまくさい」
「まァ、その障子は別として、ですね……」
「あと始末といえば、女とナニする、あとコマゴマした用事する、みんな男がやりまンのか」
「それはその……」
「シーツ直したり、電気つけたり、タオルとってきたり、水汲んできたり……」
「あの、それは、ですね……」
「そんな、しんどいあと始末せんならんのやったら、はじめからやめます。見てみい、男にあと始末強要すると、こない、なるねん」