このあいだから私の家の中は造作さわぎで大変だった。住居は雨露をしのぐもの、というのが最低の定義なのに、雨が漏り放題で、くばってあるくバケツや洗面器のかずが足らなくなっちゃう。思いきって屋根屋さんに来てもらい、大工さんをたのんで台所を改造(もうゴキブリも出ないと思うんだ)、左官さんに風呂場のかべをぬりかえてもらい、タタミ屋さんにタタミを入れかえてもらい……てんやわんや。彼らが一時に私に訴える。
「ここのタタミもかえますか、おくさん」
「階上《うえ》と階下《した》、どっちから直すのかね」
「風呂場は何いろにぬりますか?」
そこへもってきて、家政婦さんは、
「今晩なににしましょ、おくさん」
とやってくる。あいまに東京の編集者の電話あり。
「原稿どうなってますか!」
ついに私はこんぐらがってしまう。
うるせえぞ。
私は聖子だけれども、べつに聖徳太子にあやかってるんではないのだからね、一ぺんに五人、六人の訴えなんて聞けない。ついとりみだして東京の電話には、風呂場の壁とまちがえ、
「ピンク、ピンクでいって下さい!」
などと返事する。向うは更にとりちがえ、
「あ、けっこうですなあ、ピンクユーモアですか、ところどころお色けがあると助かります」
「ところどころじゃないの、全部ピンク一色、桃色にする!」
「は? いや、雑誌《ほん》は、前々より一部分はピンクカラーになってますが」
「ちがうのよ、一部じゃないの、オールピンクにする、オール桃色!」
とりちがえて聞くと何ともおかしい。大工さんは大工さんで、
「ガタが来てまんねん、この家、総体に——。階上ももうあかんが、階下はこれはガタガタ。少少あっちこっち触《いろ》うたかで、おっつきまへんなあ。腐っとるところもあるし、まあ、階下から痛んでくるのはどちらさんも同じで」
これもマジメに聞くと、
「さよか。ほっといて頂戴」
と木で鼻くくる返事をしたくなる。
「この際、みんな、さっととりかえなはれ。——これは古いもんやさかい、かなり床《とこ》はしっかりしてるけど、それでもところどころ湿気でふやけて、ゆるうなってる。何ちゅうたかて、下へ敷くもんは新しいもんがよろしおま。ついでにさーっとみな新しいのにかえなはれ」
というタタミ屋さんの勧告も、虫の居どころがわるいと、へんに聞こえるであろう。
私の友人は、亭主が休日の朝、うれしげに電話するのを聞いて猛烈と腹が立ったそうである。
「え? たくさんいくと安うなるんのんか。女の子、居るねんな? 今からワンラウンドか、よっしゃ。ぼくもすぐいくわ」
カッとなって詰問したら、今日ぞうれしきゴルフ・デー、何いうとんねん、とあべこべに叱られたよし。
すべて、物ごとにはとりちがえということがあり、齟齬《そご》をきたさぬよう、よくよく周囲の状況、物ごとの経過を勘案して判断するべきである。
早とちり、早のみこみ、とりちがえ、すべて軽佻なるわが性《さが》の犯しやすい過失であるから、よくよく、気をつけねばならぬと自戒したことである。
しかしカモカのおっちゃんは、どうも早とちり、とりちがえが多く、じつにこまった御仁である。私は少し前に電子レンジを購入し、大いに重宝している。学生の多いわが家は帰宅時間がまちまちで、これで温めたり料理したりするとじつに早い。私は機械オンチであるから原理は説明できない。料理の皿や徳利を中へ入れて目盛りを合わせ、
「瀬戸はァ 日暮れてェ 夕なァみ 小ォなァみィ……」
といいご機嫌で唄っているあいだ、一分、二分、
「チン!」
なんて鳴って、たちまち熱く、湯気があがるということを知っているだけである。
お酒なんか熱々|燗《かん》だ。
しかしカモカのおっちゃんは、電子レンジの原理からまず知ろうとする。男はモトモトのところが「納得!」とならないと、不安らしい。
「皿は冷たいのに、中身が熱いということが解せん」
という。
「フタをして入れても、中身だけ熱うなってるとはこれいかに」
と気むつかしくいう。
私知らないよ。私にできるのは実演だけである。ジャガイモの生《なま》をサランラップにくるみ、レンジの中へ入れてスイッチを入れる。ガラスの戸越しに、殺人光線が芋に当っているのが見える。目盛りをしてスイッチを押し、数分して取り出せば、こはいかに、魔法のごとくアツアツのやきたてになっており、バターを落して食べるとかくべつ。
「ね、わかった?」
「フーム、つまり原理は……」
「そんなん知らん。ともかく、入れるときは堅うても、中から出すとやわらかくなっておりますの」
「なるほど」
「すこし水けの足らぬものは、水気をたらしておくと、具合がいいの」
「そうか、それで原理はわかった。それでチン! というのやな」
何を早とちりしたのかしら。
このあいだ結婚前の娘を父親が殺して、自分も死んだ事件があり、おっちゃんはてっきり、殺されたのは息子だと思っていたそうである。
「しかし週刊記事には『掌中の珠のようなわが子を殺し』とありました。掌中の珠というからには、ムスコではなかろうか、と……」
おっちゃんはへんなところを両掌でかこい、ふしぎそうな顔をしていた。