ああ深刻な、瀬戸内海汚染(何べんでも、いうたるでェ)。底の底まで油まみれ。
海を返せ。
魚を返せ。
いま日本でなすべきことは、急遽《きゆうきよ》、国の総力を結集して、あげて内海汚染清掃の対策に着手することである。いま、すぐやろう!
まずその手はじめとして、人口をへらす方法をはやく実施しよう(手はじめにしては、わりに遠大な計画のような気も、しないではないのですが)。
私が前回に於て、一人につき何枚という子供キップの割当てをする、ということをいったら、カナエの沸くごとく賛否両論が起った。
そんなことをしたら、キップにプレミアがついて闇取引きが行なわれ社会不安をひきおこすというもの。はたまた、戦時中の米の配給制度の如く、悪《わる》平等になっては却って逆効果になるというもの。絶対、子供は要らんという女もあるのだから、そういう女には最初から割当てなどしない方がいいというもの。
さしずめ、私など、そのクチである。
私は子供よりは男をとる女である。私は父親にかわいがられて育ったせいか、子供をかわいがるよりは、子供みたいに男にかわいがられる方がいいんだ。
自分自身がなってないダメな人間なのに、子供にああしなさい、こうしなさい、なんていえない。いってるうちに、しぜんに、わが至らなさが思い出され、顔あからむ。すると、教訓している途中から、語尾が立ち消えになる。こんな自信のない人間に子供が育てられるはずがない。いや、こういうのはすべて、あとからつけたリクツ。
所詮は、子供なんかつくると、男が子供をかわいがるのまでヤキモチやくかもしれない、私一人だけかわいがってくれるのでなくては、イヤナンダ。だから子供なんかつくらない。女としてはかなりアブノーマルであるが、しかしこういう女も、世の中にはいるのだ。つまり、子供のほしい女にだけ、子供キップをわたせばよい。
キップの割当てを受けた女は、そのぶんだけ、いつでも産むことができる。未婚・既婚など、問わぬことにする(ここで一夫一婦制度の弊害について論じていると長くなる)。
子供の人数に制限があると、誰しも、質の向上をのぞみたくなるであろう。
女というものは、有名人好みである(まあ男もそうだが)。誰ソレの子がほしい、ということになる。美男才子をえらびたがる。
「こうなると、利にさとき商人たちがはじめる商売が子ダネ屋です」
と、カモカのおっちゃんが、チラと前回洩らしただけで、早くも女性たちから、引き合いが殺到して、まだ開店もせぬうちから、子ダネ屋は大繁昌のきざしである。
「どんなもんです。あたまはつかいよう、金もうけなんて転がってる金を拾うようなもんです」
おっちゃんは経営コンサルタントみたいなことをいい、自慢そうである。私は疑わしい。
「しかしそんな子ダネを、男の人が心安く提供するかしらん」
「それはどうせ、無駄に下水道へ流れるものであるからして、金になるといえばよろこんで提供しまっしゃろ」
「しかし、あれは、仄聞《そくぶん》するところによれば、腐るでしょう。腐るというか、効力を失うというか、何しろ、ナマモノですから……」
「それを、何とかして腐らんようにする」
「しかし、買ってもどうやって扱えばよいのか素人ではできますまい」
「それは錠剤にする」
「錠剤」
「水と一緒に食間に服用すると、一週間ほどで、月のめぐりがとまるとか……」
「ずいぶん機能的なのね」
「錠剤はきれいな紙や函にはいって居ってその函のおもてには、子ダネ提供者、つまり薬品名が印刷してある。写真やイラストも添えてあります。ひと目で誰のソレとわかる」
「なるほど。郷ひろみとか、アラン・ドロンとかの写真と名があって、買い手は好きなものをえらべるわけなのね」
「ひろみを一つ下さい、と女子中学生なんかが買いにくる。あるいは女子大生が中年ご三家を下さい、というて来ますなあ」
「なーるほど」
「子ダネ屋は、『中年ご三家のどれにしますか』と聞くね。こればっかりは、ふつうの薬とちがい、併用して服む、ということはできん。複合汚染ではないが、複合受胎というわけにはいかぬ」
「中年ご三家はワンセットで売らず、バラ売りなんですね?」
「ワンセットの方がいささか安上りにつくから、三人ひと組になって共同購入したりする。しかし、三人それぞれの好みの錠剤がちがっていればよろしいが、みんなエイロクやオザワ下さいというと、あとに黒メガネのみ売れ残る可能性がありますなあ」
「うん、それはわからないね」
「子ダネ屋としては売れ残っては、どもならんから、大バーゲンセールをして、黒メガネの子ダネ錠剤を売り出す。レコードの景品につける、本の景品につける」
「大安売りですね」
「ともかく安いってんで、団地の主婦あたりが一括購入する」
「中年は効力がうすいから、一回に二錠服用ください、とラベルに書いてあったりするかもしれへん」
「テレビでもコマーシャルを流しますなあ。『ただいま好評発売中、純良まじりけなし』」
「ハチミツみたいやね。でもラーメンやハチミツとちがって子ダネはどうやろ。やっぱり人間一人つくるというのは大仕事やから、コマーシャルに釣られて買うような、アサハカな女おるやろか」
「ハテ、そこですがな。女というのは迷いの多いもの、誰の錠剤にしようか、あれこれ迷うてるうちにどんどん月日がたって、手おくれ一歩前、ええい、もう誰でもええわ、とやけくそになって一番安いのを買う」
おっちゃんはうれしそうにいった。