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イブのおくれ毛80

时间: 2020-06-20    进入日语论坛
核心提示:東西文化(日本の)「源氏物語」は娯楽小説だから寝ころんでよめ、という私の提言に対し、マジメな知人は、そらあかん、あれは格
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東西文化(日本の)

「源氏物語」は娯楽小説だから寝ころんでよめ、という私の提言に対し、マジメな知人は、そらあかん、あれは格調高い文学で、そう勝手に貶《おと》しめるのはけしからん、というた。
彼は私が、野良犬のようにあちこちに片脚あげて小便ひっかけ、神聖なるべきものをも涜(けが)してゆくと憤慨しているのである。
「源氏」が格調高い文学であるのはもとより私も知っている。香り高い文学作品だから、上質の娯楽作品なのだ。娯楽というと安手なものとまちがえる初歩的な人間が多いのでかなわんよ。いわんでもわかってるやろ、思うてたけど、やっぱり、いわなわからんかなあ。
尤も、以前、某女性週刊誌に「源氏物語」の劇画がのっていたが、あれは頂けなかった。
私は源氏を劇画にでも紙芝居にでもマンガにでもしたらいい、と思うものだ。しかし、くだいてするならそれなりに、上質のくだき方をしてほしい。
あの劇画は絵も詞も拙劣で汚なかった。
私はなぜ現代の「源氏物語絵巻」として劇画化しなかったのか残念である。あるいは思い切ってマンガ源氏にした方がおもしろい。私は「バカ紫ケンカ源氏」という落語を書いた。
ところで、つくづく思うのだが、源氏は高度な文学で娯楽作品とはちがう、というような考え方は、これは元来、上方関西の発想ではなく、あずまえびすの考え方である。上方者というのは、「源氏物語」がもてはやされる時代は、よくできた娯楽小説としてたのしんでかつは昼寝の枕ともし、よみ終ったら洟紙《はながみ》にしたりする。しかし、一たん、矢たけびと血しぶきの乱世になった時は、命かけて源氏を守る。「紅旗征戎わがことにあらず!」と叫んで、世の中が引っくり返ったのにも耳傾けず、必死に「源氏物語」研究会などもよおして、筆写し校註をほどこし、一字一句の異同をただすのに生涯の心魂をこめ、「『源氏物語』だけが人生の実だす、これ以外、世間は虚仮《こけ》でおますのや」と叫び、戦乱に遭えば、家財珍宝、妻子眷族は火の海の中に見捨てても、源氏五十四帖を腹に巻いて逃げ出す、——これでこそ、上方もんぞ、というところであろう。
そういうねちこさは、関東者にはない。
どうも上方に生まれ育って四十年、つらつら私は思うに、日本の東と西、何もかもみごとにちがう。人情風俗、嗜好、発想法、すべてにわたってちがう。
たとえば、よくいわれる、うどんの味について。京浪花のうどんのだしは、甘くまったりとして、醤油はうすくちをつかっているから、色はうすい。東京へいくと、醤油をまるまる入れたように色が濃いのだ。そうして我々が食べるとダダ辛くて、おつゆなんて飲めない。上方のうどんは、どんぶりを傾けて最後のおつゆの一滴まで飲み干すぐらい美味しいのだ。
この間、おかしいことがあった。座談会の席上、歴史学者の上田正昭先生と、作家の澤野久雄先生がうどんについて論争していられた。京男の上田先生は上方うどん礼讃者であり、あずま男の澤野先生は、上方うどんは味がうすくて物足りないといわれる。
もとより、これは嗜好の問題であり、どちらが正しい、正しくないというものではない。
しかし一代の碩学、上田センセイは真ッ赤になって、上方うどんのダシの味の幽遠性を論じ、しまいに横にいた私に、
「な、そやろ、こんなうまいもん、おませんなあ」
と同意を強いられる。もとより私も、浪花女、うどんで首吊って死にたいくらいのうどん好き、上方風ダシの愛好者であるから、
「ソヤソヤ」
という。
澤野先生は心の優しい方だが、こればかりは譲れんという感じで、
「いや、——あのうすい水みたいなダシでは食べた気がしない」
と両々譲らず、いかにもおかしかった。
これを思うに、国情がちがうのである。いかんともしがたいのだ。
こういうのは、趣味嗜好の問題だから、まだよい。こまるのは、異なった発想を、互いにおしつけようとし合うから摩擦がおきる。
私はこのほど、NHKからドラマを放送するという話で、タイトルをどうすべきか、ということになった。原作として主につかうのは、文藝春秋刊行による『甘い関係』である。
すんなりこれをつかえば、文春出版関係者諸氏はよろこぶ所であるが、NHK東京の人は、
「朝から、『甘い関係』はぐあいわるい」
というのだ。これがすでにあずまえびす的発想、官憲文化のみやこ的発想である。朝っぱらから「甘い関係」とつけて、どうわるいのかわからない。朝と何か、関係がありますかね。
関係は、夜むすぶものときめているからではないかね。人口がふえるのは、朝も昼もかわらないんだよ。私は決して、夜に限るとは思わぬのだ。
「おタクはそうですか?」
とカモカのおっちゃん。外野うるさいぞ。
ドラマは大阪JOBK、つまり「ジャパン大阪・馬場町《ばんばちよう》・角《かど》」のたてものの中でつくられる。よって大阪側からは必死に考えて、
「ちゃらんぽらん」
というのを出した。これがまた、AKのエライさんに否定される。
「何のことかわからぬ、全国に通じない」
という。通じなくても、ドラマがおもしろければ通じてしまうのに。第一、関西以西では、通じなくても語感でわかれば、おもしろがって慣れてしまう柔軟さがある。
関東以北では、融通が利かないから、一たん通じないと受けつけないのだ。馬場町角のBKはまた、ないあたまを絞り、
「ぼちぼちいこか」
というタイトルを示した。これもなかなか、いい。大阪ではこういうと、すべてあいまい模糊のフィルターがかかって、ケンカ腰になる人はない。しかるにAKはまた、これも一蹴するのだ。結局、出て来たのは、「おはようさん」というタイトルで、無味無臭、無公害のもの。双方の文化を抽出すると、こういう毒にも薬にもならぬものになってしまう。これは東西文化の相殺にほかならぬ。
では、この東西文化を活かし、双方、互いに栄えさせる方法や如何に。その秘策を次回大公開!
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