テレビを見ているとおかしいことがあった。男あり、人を押しのけて、ここをセンドとしゃべっている。対談の相手が口をさしはさもうとすると押しかぶせて、
「君は民主的じゃないよ、君みたいなのがいるから民主主義はつぶれるんだ、和気|藹々《あいあい》でいかなくちゃいかんよ、お互いによく話しあってだな」
「しかしその……」
「待ち給え、なぜ人の話を聞こうとしない。それが民主的じゃないというんだ」
「しかしさっきからあなたは……」
「どうして謙虚に人の話が聞けないんだ、人をあたまからおさえつける君は民主的じゃないぞ。そういうのがいるからダメなんだ、何べんいわせるんだ。ナヌ、時間がきた? 時間延長しろ、意見もいわせないとはファッショじゃないか」
おもしろかったんだ、とても。
こんな男、あんがい多いんだ。
男の人はよく、朝のワイドショーで、うしろにゾロゾロならんでいる主婦を笑いものになさるけれど、見てると出演者の男にも、たいがい、いかれたオロカなのがいて、何ですか、女ばかりオロカではありませんぞ。相共に賢愚なること、環の端無きが如し。
「それは、ですな、何べんも申すことであるが」
とカモカのおっちゃん。
「女より男の方がかしこいという先入観あればこそ、軽蔑したり見そこねたりするのです。女もとより愚ならず、男必ずしも賢ならず。出テイルカ、ヘコンデイルカのちがいあるのみです」
結局、そこへ話が来ちゃう。
「だから仲よくすればええんですわ」
そういうことですね。男と女、親と子、左翼と右翼、保守と革新——まてよ、みな仲よくやるとおかしくならないですか。この世の進歩発展はとまってしまう。
男がききわけよくやさしくなれば、中ピ連が乗り込んで「慰藉料払いなさい!」というと、「ハイハイ、いわれるだけ払います」ということになり、中ピ連は失業である。
振りあげた拳のもってゆきどころなく、桃色ヘルメットも色あせる。
親と子にしても、仲よくなるとNHK朝のテレビ小説になっちゃう。私はいつも思うのだが、雑誌新聞週刊誌に、子供が親のワルクチや不足不平を投書してるのが多い。あれなぜ、親が子のことを投書しないんですかねえ。子供に腹立ててる親も、近頃は多いのだ。
更に、右と左が相たたかい、軽蔑しあい、憎み合ってこそ、人類は生々発展するものでありますのに、仲よくなると……。
「いや、そこんとこも、ようわかりまへんが」
とおっちゃんはいう。
「なんで発展せな、あかんか、といいたい。もうこのへんで発展やめて横匍《よこば》いでもええのやないか、と」
おっちゃんみたいにいってたら、すべては無と虚である。
明石市で、日教組大会が行なわれているので、いま関西の右翼が明石へ毎日出勤してたいへんなさわぎである。開催地は、つねに右翼にいたぶられ、現に、明石市でも、市民は賛否両論に分れてかまびすしく、こう荒らされるのでは二度といやだ、という声が高い。
明石市長は、むろんそういうことを知っていて開催を引き受けたのだから、オトコ気があるというべきであろう。
右翼団体は明石市長の自宅へも押しかけて示威行動をしていた。
耳もつぶれそうな車のスピーカー。ぎょうぎょうしい右翼の旗差しもの。
私、こういうの見ると、日教組大会を守りたくなるんだ。なぜ右翼は、日教組大会を目のカタキにして、イビルのですか。学校の先生だと、マサカ、暴力行為で報復しないだろうと思うからか。なぜか、あの種の人たちは、公害病患者の群れとか、一株株主たちとかいうような零細庶民や、手向いしないインテリに対して、意地悪《いけず》であるらしく思われる。弱いものいじめといってもいいでしょう。国家権力や、強い者と正面衝突することはない。
悲母観音のおせいさんも、ハラに据えかねているのでありますぞ。
私は何も、日教組のやることなすこと賛成ではないのだ。日教組の中だって、多数党の暴力がまかり通っているのだから、その暴力に対する憤懣はあるけれど、しかしそういう話し合いの場さえ、持たせないというのは、これはテレビでひとりしゃべる非民主的なオッサンと同じで、おとなげないではないですかッ!
「まあよろし、氷おまへんか」
とおっちゃん。今夜はウイスキーである。
「おせいさん一人でそう力んどるけど、あれはほんまは、みなたのしんでやったはるねん」
「そうかなア」
「明石の右翼の車かて、朝来て夜帰りよる。通勤しとるのや」
「そういえば、徹夜ではやってませんね」
「高速道路通って、東へ帰ってゆく車、よう見まっせ。旗差しもの美々しく車に立て、どてっぱらに麗々しく、反共ナントカと書いた車、夕日を浴びて帰っていってます」
「おっちゃん見たの?」
「高速を夕方走ってると、明石もどりの車にすれちがいます。いかにも、一日の労働を終えて、家路を辿る勤労者、という感じ。一日どなり疲れた顔でね。——あれはマジメに働く人で、仕事をたのしんではるねん。百年ぐらいたったら、また、血煙り荒神山みたいに、巷談になって、三波春夫みたいな人が裾模様着て、浪曲入りで唄うてくれはるわ」
「しかし……」
「それに、男はええけど、女が目くじらたて、口をゆがめて腹立てたり、罵ったり、憎んだりしてはならぬ。女にしてほしィない」
「女かて、男と同じに腹も立ちますよ」
「あかん、女がそれをしてはあきまへん」
ナンデヤ。
「上の口をゆがめると、下の口もゆがむ。いや、ゆがんでるのやないかと想像する」
バカッ。まじめにやれ、なんぼ中年でも。