女子大の先生の受難時代である。
東京女子大事件の真相は、私にはわからない。週刊誌記事の程度しか我々一般人は知り得ないのだから、何かと論評することはさし控えるが、まあしかし、記事で見る限り、七三で女が分がわるいのじゃないかしら。
お酒がはいってて少人数で個室にいれば、これはモウ、教授も学生も、作家もファンも、医者も看護婦もないのだ。
また、そうであってこそ、のぞましいのであります。
酒を飲んで個室でさし向いになっていて、なおかつ、教授と学生というような関係しか保てないような奴は、くたばってしまえ。
そういうときは男と女の立場になってこそ、リッパな成人《おとな》なのである。
だから、女の子、男の子には、まず酒とのつきあいかた、異性とのさし向いかた、を教えねばならない。教科書に「イブのおくれ毛」や「女の長風呂」をつかってほしい。すると私はもう、しんどい小説を書かなくても左ウチワで暮らせる。
かりにドウコウあったとしても、告訴するというのはもう、これは恥ずかしい。
しかしこのデンでいけば、男は実に無力、中ピ連の圧力より凄い。
もし、いやな奴がいるとする。この際、私怨、公憤を問わぬ、ゼッタイあんな奴消したいという男がいますね。そうすると、告訴したらイチコロである。
男がいかに声|嗄《か》らし、泣きわめいて「そんな事実はない」と叫んでも、いったん公表されると社会的地位は失う、家庭は崩壊する、もう収拾つかない。
私なら、さしずめ、佐藤愛子サンと二人で組んで告訴屋になる。世のため人のため害毒を流すというような男たちにちかづき、愛子チャンおせいさんコンビの色じかけで(少し自信ないが)たらしこんで個室でさし向いになり、翌朝告訴する。
愛子チャンは顔に紅葉《もみじ》を散らして、群がるマスコミの連中の前で証言する。
「女にとって一番大切なものを……くやしくて眠れませんでした」
私も蚊の鳴くような声でいう。
「一晩なやみぬきました。でも、あの人たちは女の貞操なんてゴミクズにしか考えてないんですわ。……世のオール女性のために敢《あえ》て恥をしのんで告訴します」
そうしてヨヨと泣く。告訴されたらお上《かみ》も抛っとくわけにいかない。
いかに警察の旦那や検察庁の旦那が、内心、(あんなオバハンにも貞操があるのか)と呆れても、受理しないわけにはいかない。
男は必死に抗弁しても、もはやいったんばらまかれたわるいイメージは拭い去りがたい。
味をしめた愛子チャンと私は、今度は、「世のため人のため」という大義名分を忘れ、友達仲間をからかってまわるのによろこびを見出すことになる。
野坂昭如サンを訴える。愛子チャンはすすり上げつつ、あることないことをいい散らす。
「友人だと思って信頼していましたのに……。ラグビーの試合なんか見にいかなきゃよかった」
次に小松左京サンを訴える。
「何しろ、小松センセイのあの巨体で迫られてはとてもかないません。かよわい女をフミツケにしても許されるんでしょうか」
みんなこまって、告訴をとり下げてくれるようにたのむ。何でもご馳走するという。そうして愛子チャンと私は一年くらい、毎晩ご馳走を食べて愉快に暮らす。
その代り、みなみな様の鼻つまみ者になり、我々がいくと男たちは、
「告訴魔が来たァ!」
と顔色かえて逃げる。タクシーの相乗りも避ける。とにかくそばへ寄らぬよう、ならばぬように男たちは必死である。
対談なんてもとよりおそれる。雑誌の目次でならんでも、アッと怖がる。そのうち、男性編集者たちも我々のそばに寄らなくなっちゃう。
文春ビルヘはいっただけで、守衛のおじさんまでアタフタと逃げていく。
見よ、告訴魔のゆくところ、向うところ敵なし!
私と愛子チャンは意気揚々と手を組み、あたりを睥睨《へいげい》してのし歩く。そうして次なるあわれな犠牲者を物色する。私は提案する。
「川上宗薫はどうかしら」
「ダメよ。宗薫は得たりと懐中電灯なんか持ってきて、我々の構造を調べてその月の締切に間に合うように書く。こっちが告訴するより、雑誌の発売日が早かったら、あべこべに、世紀の赤恥をかく」
「やぶへびやね。——偏奇館はどうかしら」
「あれはイビキをかいて寝るらしい。隣りの人が、夜っぴてイビキが聞こえてました、と反証すると成立しないね。それよか、カモカのおっちゃんはどうなの?」
「あれはダメ。酒を飲んで個室でさし向いになると、これ幸いと手をのばす。どうせ告訴されるものならモトモトだと、充分、モトを取らねばソンだと、盛大に迫りはると思うな」
「あつかましい男だね。それじゃこっちが敬遠しなきゃ。松本清張センセイなんか、どうかな」
「うむ。センセイは『告訴せず』という小説もお書きになったことだし。試みてみるのもいいかもしれない。しかし何となくご下問に奉答する、という感じで、ソコまでもってゆかないうちに『車をよべ』なんてのたまうね、これは」
「日本ペンクラブ会長はどうかね」
「『流れゆく日々』の一ページの端をチラと飾るだけですなあ、これは。あべこべに日本の将来について、はたまた民族的使命について講義を受けるだけだね」
カモカのおっちゃんは大あくびであった。
「あほらして笑う気もおこらん。男は告訴されても、まんじゅうこわいと一緒で、告訴こわいという奴で、男にはもっとこわいものがありますなあ」
男のこわいもの如何!?
私と愛子チャンは耳ひったてて聞く。
——次回公開。