つらつら思うに、男性というものはしかし、コワイことが多くて生きにくい存在である。
前回いった如く、まず告訴されること。
酒の上のことでした、で笑ってすませてくれるような女というのは、なかなか現代にはいないものである。広い世間も酒ゆえ狭い、目がさめると横に教え子がいた、なんて、ほんとはどうということないのに、男性なるがゆえに制裁され指弾される。お気の毒というほかない。
未婚の母をつくること。
「産むな」というのに産みたがる阿呆の女が、これまた多い。女が産む産む、といえば、男は手の下しようがない。止めときゃいいのにと、イライラしつつも、首根っ子をおさえて病院へつれていくわけにもいかず。私は女だから同性の味方をしたいが、しかし、子供を産むといい張る愛人を前に、首うなだれる男の心理を想像すると、男にも同情を禁じ得ないですねえ。
たいがい、こういうときの女の子のセリフはきまっていて、
「あんた、奥さんには産ませて、あたしに産ませたくないのね。卑怯者、エゴイスト!」
なんて裂帛《れつぱく》の気合で罵倒したりなさる。
「いやなに、その、……」
と男の方はこまってしまう。何しろ、現物は向うの腹の中なので、男が合鍵で開けて、向うの知らぬ間に、台所のゴミ箱へ捨てるというわけにはいかない。
「どうしてもおろさないのかねえ……」
なんて男は弱り目にタタリ目という感じ。追いつめられた夜行動物のようにオドオドする。一事を多くすれば一|煩《ぱん》を多くす。わが蒔《ま》いたタネといいながら、ご苦労なことです。
離婚問題がモメて中ピ連が会社へ押し寄せること。
これは私的なことだと制してもそんなことは聞かれない。女に武士の情けは通用しない。男にとって職場を荒らされるのは致命傷です、なんて哀願は女は屁《へ》とも思わぬ、会社でわめくとマスコミはおもしろがって取材にくる、会社はあわてふためく、男は譴責《けんせき》される、可哀そう。
どっちの味方や、と私は女性たちに叱られそうだが、生きにくいのは男も女も、同じような気がする。
ただ、女にはコワイということはあまりない。
男たちが心胆を寒くする、というようなのに類似したことは、女にはあまりない。女は社会的に生きる場が狭いから、「それやられるとオマンマの食いあげ」という、首に刃を当てられるようなヒヤッとする実感は、あんがい、ないのではなかろうか。
「カモカのおっちゃんのこわいこと、ッてなんですか」
「待ってました、告訴や未婚の母はともかく、僕ならご落胤《らくいん》ですなあ」
「突然、名乗り出てくるヤツ」
「そうそう。見知らぬ若いもんが出て来て、ああ瞼のお父さん、などとやられる」
「天一坊ですね、まるで」
「というても、僕には財産はおまへんから、そっちのイザコザはないが、人間関係がややこしィなる。人間、なるたけ、身内の、肉親の、というもんは数少なくするべきもの、ゴタゴタと芋の子みたいに引きずり引っぱってるのはええことないのです。それが急に、うっとうしいのが出てくると、ヒヤッとする」
「それは、やはりおぼえがあるわけなんですね?」
「おぼえがない男が、居りまっか」
とおっちゃんはふしぎそうに反問する。
今夜は、おっちゃんは湯割り焼酎である。
女なら誰でも、来るものは拒まず、というおっちゃん、酒に於ても無定見に何にでも親しむ。取りあえずあるものを飲む。美味しそうに飲む。
「男なら、たいてい、ご落胤、隠し子、なんてものに心当りがあるものです。年を聞いて、アレか、コレか、思う……」
「そんなにたくさん心当りが」
「何しろ、メチャクチャですからな、若いころは」
おっちゃん、いそいでしゃべって口を開かせない。
「うれしくないんですか、ご落胤の出現、というのは」
「いや、周章狼狽を通り越して、衝撃です。一瞬、持ったる盃、バッタと落し、ということになりますなあ」
「泣き笑いしますか」
「うらめしいとも、けったくそわるいとも。せっかくこうやって機嫌よう暮らしとんのに、と腹立つ。——それやこれやひっくるめて、ご落胤はコワイ、と」
「どうも男の心理というのはわかりません。女から考えて、リッパに成長したわが子が、とつぜん現われたら、うれしいんじゃないかと思ったり致しますが」
「しかし、リッパに成長させたのは、テキやからね。僕は何も知らんのやから、……。テキの恨みつらみが、ワッとくるんではなかろうか、と」
「それはそうでしょ。女としては、女手一つでここまで育てたのよ、と見返してやりたい気もあるでしょうし」
「何も、してくれ、いうて頼んだんとちゃう」
「しかし、女にしたら自慢したい、手をついてあやまらせたい、悔悟の涙に昏《く》れさせたい、申しわけなかった、とひとこと、血を吐く声で詫びをいわせたい、お前の苦労にはあたまが上らん、と認めさせたい、このつぐないは何でもする、といわせたい……」
「ソレソレ、そういう、恨みつらみがこわい。のみならず、現在の女房《よめはん》子供にどう紹介しますか、どっち向いてたらええのやらわからん。いや、ご落胤、と聞くなり僕は、あたまの毛が白うなって、心臓がドキン! とします」
「若い時のアサハカさの罰です」
「まさかその時にわかるはずないでしょ。男というのはおろかなものです。なればこそ、そういいつつも、現在もご落胤づくりに精出すわけです」