イヨイヨ更年期障害を迎えたか、または晩夏の暑さにイカレたのか、あたまがぼーっとしてどうも身のおきどころもないので、テレビを見て、しごとはおあずけ。宝塚歌劇の劇場中継、「ベルサイユのばら」を見てる。
いいな、きれいだな、夢のよう。
晩になって「あーそびーましょ」とカモカのおっちゃんがきたので、私はよろこんで、
「おっちゃん、ベルばらごっこせえへん」
といった。
おっちゃんも昼間、家族のつきあいに見たそうだが、阿呆らしかったそうだ。
「どうして!?」
「そうでっしゃないか、芝居の中でいっぺん死んだはずのもんが、最後にまたニコニコしてならんで神楽《かぐら》の鈴みたいなもん手に手に打ち振って、愛嬌ふりまきよる。なんであんなことせんならん」
「そこがタカラヅカなのよ! 死んだまま幕がおりたら、新劇になってしまう。華麗なフィナーレがないと、ファンは承知しません」
「天ぷらのあとでぜんざい、ビフテキのあとでボタ餅くえ、といわれるようなもんですな。男には、ついていけまへん」
「なんで、あのよさが、わからへんのかなあ!」
私は身悶えする。四十路なかばになってもヅカ狂いの血はまださわぐのです。女学生気分は死ぬまでなおらない。私は、「ベルばら」はかつての「虞美人草」以来、すてきな舞台と思うよ。関西育ちの身には、ヅカはいつまでも気になるところ。
「おっちゃん、アンドレになり。私、オスカルをやるわ。オスカルさまだゾー」
私は|孫の手《ヽヽヽ》をかまえて、フェンシングの型をする。
「起《た》て、アンドレ、決闘だゾ!」
おっちゃんは、お酒で決闘したいらしく、ウイスキーのグラスを放さず、腰もあげない。
「何がアンドレや。おんどれみたいなツラして。何がオスカル様や。おつかれさま、というてほしいわ」
こんなこというから、男ってきらい。私、男は好きだが、女の子とつきあうのも好きなのは、女の子とだけ通じる話もあるからなんだ。ウチの妹なんか、四十すぎの主婦のくせに朝っぱらから電話かけてきて、
「姉チャン、今日は『ベルばら』やる日よ、お忘れなく。私のショウちゃん見てな」
などという熱のあげようである。ショウちゃんというのは榛名由梨サン、苦みばしった男っぷりのアンドレ役である。金髪で白タイツの士官のオスカル様は、ミッちゃんこと、安奈淳サンである。私、舞台も見たけど、テレビだと、アップになって顔がよく見えるからいいな、——と、こういう話に乗ってくれないから、男の子はつまんない。
「男はああいうのを見ると白けてしもてね」
とおっちゃんは、醒めた声でいい、
「キーキーキャーキャーと叫び、つまらんとこでどっと笑う。笑うとこが男と女とで、ちごとる。女は幼稚なとこで笑う」
「どんなとこ」
「役者が黄色い声出して流行語を入れる、『負けそう』というような。そんなとき、どっと笑いますな、バカバカしい。しかし男は芝居のセリフの中で『女は結婚するのが一番の幸せ』というようなのを聞くと、ハハハ……と笑う。独りもんばっかりの宝塚役者がそういうところに、なんともいえんユーモアがある」
「すれっからしなのよ、男は!」
と私はどなった。
何でも皮肉にとったり、あてこすったりしちゃって。
一緒に「ベルばら」に感激してくれない。
私すれっからしはきらい。人間は、すれてないのが、いちばん値打ある。
文化というのは、結局、「すれてないこと」ではないか?
私はテレビで、時に、東南アジアの若い女の子や男の子の顔を見て、往々、じつにやさしい、すれない、うぶな表情に、心をうごかされることがある。私は東南アジアの人々の顔が好きだ。いい笑顔がある(おひるのNHKニュースのあとで、よく、アジアの社会主義国のニュースが流されるが、あそこに出てくる表情や笑顔は、私には、もうひとつ、ついていけない、何かの膜を感じる。何か、つくられた笑顔、という気がする。PRニュースといったらわるいか。しかし、あそこで見せられるのは、どれもみな、いいことずくめのニュースなので、ニコニコ顔が、かえって眉つばものに見えるのかもしれない)。
東南アジアの民衆、老若男女、労働者や農漁民の中に、ほんとうに無垢の笑顔なんてのがある。
日本の企業も、現地へ進出するとき、ああいう、すれない人々を決してダマしちゃいけない。何しろ、日本の企業は、すれっからしで、悪名高いのだから……。もうけりゃいい、ってもんじゃないんだよ。気をつけてね。
「いやしかし、すれっからし、というのは現今の若い娘、ならびに若い娘を対象にした商売ではないかなあ」
とおっちゃんはいう。
「女性週刊誌なんかのぞくと、えげつないことのってまっせ。あんなんよんだ女、みな、すれっからしになってしまう」
「すれっからしの男に対抗するためやからしかたないでしょ」
「何が男が、すれっからしなもんですか。たとえば、結婚初夜、まあ、べつに結婚しなくてもええが、男が童貞で初体験の際、うまいこといかんとモタモタしてる、そういうとき『あんたってダメね!』というのは、禁句やと書いてある。男はデリケートで傷つきやすいから萎縮してしまう、というのですなあ」
「やさしい思いやりでございます」
「あほいえ。——そういう知識を女の子という女の子、みな持ってしもたら、男はどっち向いてたらええのんですか。これをすれっからしといわずして何という」
「ベルばら」の話がへんなとこへいっちゃった。