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女の長風呂34

时间: 2020-06-25    进入日语论坛
核心提示:わが愛の不良たちエスビーカレーなんていうカレーがあるけれど、あれはおかしい気がする。私の女学生時代、SもBも、みな不良の
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わが愛の不良たち

エスビーカレーなんていうカレーがあるけれど、あれはおかしい気がする。
私の女学生時代、SもBも、みな不良のやることだった。Sはシスター、Bはブラザーの頭文字で、Sは上級生下級生の仲よし、Bは男の子と仲よくなることで、といっても戦中派のことだから、文通とおしゃべりぐらい、それでも、SもBも不良行為といわれた。
いま不良とよぶにはあまりにもあざとい学生が多くて、男はゲバるか、ユスリタカリ、カツアゲ、婦女暴行、女だって修学旅行の車内で赤ん坊を産み落すなんてものすさまじいのがある。そんな不良から見ると昔の不良は幼稚園だ。聖歌隊の少年少女だ。
BはSにくらべて格段の不良といわれたが、それでもせいぜい、デートしてお好み焼屋に入るくらい、表だって妊娠だの、かけおちだのということは絶えてなかった。
もしあったとすれば、女学校の噂は早くて根深いから、十年昔の事件でも、いつまでも語りつぎ、いいつがれるが、そんなスキャンダルは耳にしたこともなかったところをみるとほんとに開校以来、それまでなかったのであろう。もしあれば不世出の天才である。出身名士として口碑にのこるはずだ。
Bをやる不良ですら、一年に一人二人、出るか出ないか、というところだった。
Sのほうはちょくちょくいる。
同級生や同学年は少なくて、たいてい上級生と下級生である。「おねえさま」「私の妹、何子」などという文句ではじまる手紙、ラブレターの習作みたいなのを筆箱や下駄箱に入れておく。同じ模様のハンカチを使うとか、同じ学用品を使うとかいったような、他愛ないもの、まして今どきの人が想像されるようなレズまがいのことはまちがってもなく、二人でひそひそ話してると、みんなが耳打ちなんかするだけ、そういう不良たちはたいていほっそりした美少女が多く、スカートのたけを長くし、上衣の脇をつめて短かめに、くつしたは黒のもめんでなく、学校で禁じられてる、黒い絹をはいてることもあった。
中には|わけ《ヽヽ》知り顔な、情緒のある子も多くて、Sだという少女はみないいかんじだったから私はあこがれていた。吉屋信子の「花物語」など読むと片っぱしからSばっかりである。しかし私にはSの申しこみもなく申しこむ勇気もないのだ。それ以上に私は不良と目されるのが恐くて、四角四面な女学生だった。
Bの不良たちは、Sの不良より下品で、勉強もできなくて、ちょっと崩れた感じ、これはマジメ人間の女学生から蛇蝎《だかつ》のごとく嫌われていた。
BはBばかりうちつれて集まり、コソコソ話してゲラゲラ笑い、中の一人は年中ズロースをはいていないという噂だった。私はまさかと思っていたけど、いつかその子が校庭のアカシヤの根元に坐ろうとスカートをひろげたのを、向いの芝生で見ていたら、スルッと白い脚とおなかまで見え、一瞬、息がつまり、そのあとの時間は授業に身が入らなかった。人生観が変ってしまうほどビックリした。ズロースをはかない女が、この世にいるのだァ! キャー、ワー、ほんまやろか! ワー。あたまの中はそのことでいっぱいになってしまい、もう何も考えられない。
それからは、その不良の子を見ると、なまなましい生肉《なまにく》が歩いてる気がして、動悸が烈しくなった。この勇敢な不良少女はあるとき、職員室で教頭先生に叱られて雷を落されていた。Bの相手の中学生とお好み焼屋にはいっているところを、教護連盟という補導係りの先生に見つかったのだ。
当時、女学生はお好み焼屋へいくことは禁止されていて、家族といくときも、「男子はご遠慮願います」という札のかかった店でないと入れない。それがこの勇敢な不良はやはり不良の中学生と手をたずさえて、町のあんちゃんがたむろする店に出入りし、三十銭の最上等の肉卵入りのヤツを三枚うち食らい、ミカン水・ラムネなどをむさぼり飲み、いっぺんの飲食に一円二円と払っていたのだ。私が習いにいく週一回のピアノの月謝が三円だったと、おぼえているから、当時の女学生としては豪遊というべきであろう。
先生にそれをとがめられて、ノーズロースの不良は敢然と、
「そんなこと、先生に関係ないでしょ!」とスカートをぱっとまくった、というのだ。
「アー」と、廊下に黒山のごとくむらがって、ガラス窓ごしに教員室をのぞいていた生徒たちは、いっせいに嘆息した。
「先生を何だと思ってる!」と先生はいい、生徒の鼻柱をなぐりつけ、私は見なかったけど鼻血ドバーッだったそう。昔の先生は女学生であろうと乙女であろうと斟酌《しんしやく》せずになぐったものだ。それが私のおぼえている、唯一のめざましい不良少女である。
しかしながら私自身は省みて、そのノーズロース女学生よりもっと自分の本質は不良なのではないかと忸怩《じくじ》たるものがあった。
なぜかといって、私は一見マジメ、一見優等生風をよそおっているものの、ホントいうと四六時中、中学生のことばっかり考えている。弟の取ってもらってる「少年倶楽部」のさしえに出てくる美少年にあこがれている。通学の途上出あう中学生のほうを見まい見まいとしている。表通りのお医者サンの、よくできる息子は北野中学校の生徒であるが、その中学生の窓の下を通るとき、どうしても首がヒョコッと窓を向く。ことにわれながらいやらしいのは、向かいの風呂屋、「あけぼの湯」へいくと、上がり湯の汲み口が、男女両用になっている、間に仕切りがあるけれども、清浄な湯に向うの人影が映るのである。もうちょっとで見えそうになるけど、さざ波がゆらめくだけでなかなか男のひとの全裸の姿が見えない。水面が平らかだと見えるだろうが、絶えず誰かが手桶で湯をかい出してるから、水かがみは割れるばかり、もうちょっと、ちょっと、と目をこらしているうちに湯気に中《あた》ってのぼせ、なぜこんなにSUKEBEに生まれたのかしらんと涙が出たものだ。
「イヤ、僕らの中学にも不良はいました」
とカモカのおっちゃん、
「女学校の運動会を見ようと、鳥も通わぬけわしい裏山によじ登り、山頂の木がくれにのぞき見してるところを先生に見つかって一週間の停学です」
「その先生は、何しに来てたんでしょ」
「何しに来てたんかいなあ、そんなこと考えへんとこが昔の不良の可愛らしさです」
ああ、不良でさえ昔は可愛かったね。
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