女が数人集まって、どんな男がきらいかと品定めしていた。
どんな男が好きか、というのではないところがおかしい。女は観念、抽象は苦手であるから、具体的な事象、即物的な考えしか思い浮かばない。好き、きらい、でいうと、きらいな男というのはあるが、好きな男、という理想はないのである。もしそれ、誰か惚れた男でもできると、それが好きな男のタイプになるのである。そこが男と女のちがう点で、女には男における「永遠の女性」のような、つまりベアトリーチェみたいに絶対的な理想はないのである。「永遠の男性」なんてきいたことがない。
きらいな男から消去法で消してゆくと、あとには、好きでないまでも、がまんできる男がのこる勘定になる。
集まる女、水商売のたぐいのご婦人が半分もいたせいか、「ケチな男」が筆頭に上がった。
女の子に奢《おご》るときでも会社のツケに致したり、領収書をもらったりする。バーのママさんの曰くに、ある男に鮨屋を奢ってもらったのはいいが、鮨屋の勘定を立て替えさせられた。それをママさんの店のツケにして、会社へ請求するんだそう。
「そういうのはケチとちがうわね、|ド《ヽ》ケチやわ」
と女の一人がいい、男のケチも時により美徳であるが、こんなのはあまりといえばせつない、女の気持も察して頂戴、ということになった。
せつないといえば、無智無教養な男もせつないが、学識卓見にめぐまれたかしこい男が、何となく薄よごれてきたないのもせつない。どんなに中身はリッパでも、大天才でも、女はフケ頭や爪の黒いのや垢光りの服はせつないのである。これで見ても女がいかにあさはかで表面の現象に心を奪われ、物ごとの本質を見ぬく能力に欠けてるかがわかる。しかし、せつないものはせつないのだ、かんにんして頂戴。
男の尻《けつ》の穴の小さいのもせつない、という意見が出た。女が自慢する、いばる、ウソをつく、ごまかす、それを片っぱしから見ぬき、いちいち自慢の鼻を折っぺしょる、指摘して鼻をあかす、たしなめて白けさせる、つまり女に張り合おうなんて了簡は、男のすることじゃないよ。
女はやっぱり男に夢も期待もあり、男は腹が大きくて人間のスケールがちがってて、一段上の種族だと思いたいのだ。男は女のウソを見ぬいても、知らん顔して乗せられてくれるぐらいの大きい度量がほしい。女の自慢を笑ってききのがしてくれるだけのゆとりが望ましいのです。それを何だ、いちいちとりあげてせせら笑うとは何事ダッ!
「そうか、そうか、よしよし」
「なーるほど、ふーん、そうか、そうか」
と感心してみせてくれたらええやないか、甘やかしてくれてもええのんとちがうか。自慢したいもんは、させてくれたら、ええやないか。
学校の先生みたいに、いちいち、目くじらたてて咎めだてするなというのだ、バカモン。何のために女より余分なもんをもってるのだ。(これは余分な話)(しかし、男は余分なものをもってるからといって、女よりいばってるんだろ)
「そういう奴にかぎってさ、いざというと度胸がなくてね。いや、尻《けつ》の穴が小さいからビビるのかもしれんけど、ホテルヘ誘うときは、ちっともてきぱきせえへんのよ」と女の一人がいう。これは陽気な若いホステスさんである。元気で短気な女である。
「何や遠廻しにさ、グズグズいうて、ほのめかしたり、しねくねしたりして、しまいにこっちがイライラして気ィがおかしィなってしまう、はいるんなら、はいろうやないの! とどなりとうなってね。なんし、ウチは気が短いから」
「そいでどうすんの?」と私。
「結局、はいってしまう」
バカ。それが向うの戦術だよ。気短かで短慮な女はソンをしてる。
そういう男は、ホテルヘ入っても女中さんに何の指示もせず、何か煮え切らず、気短かホステスはまたもやイライラして気がおかしくなり、自分が指図して洋間か日本間か注文し、お泊りかご休憩かを指定して、しまいに、
「何や、自分が誘うたみたいになって、あほらしい」ことになるのだそうで、こういう男も、男としてはせつない、ということになった。
「しかしそれは、その男がホテル慣れしてへんからとちがうかなあ」とこれは別の声、これはベテラン婦人記者であるが、四十六のうば桜ながら、みずみずしい美人、
「男に、あんまりホテルで|てきぱき《ヽヽヽヽ》されるのもせつないもんよ」という。
ホテルヘいこうといわれれば、たいがいの女は拒むか、拒む|ふり《ヽヽ》、ためらう|ふり《ヽヽ》、迷う|ふり《ヽヽ》、悩む|ふり《ヽヽ》、羞ずかしがる|ふり《ヽヽ》、怒る|ふり《ヽヽ》、拒みきれない|ふり《ヽヽ》、強いられて押しきられ負ける|ふり《ヽヽ》をする。それを、ものなれた|てきぱき《ヽヽヽヽ》男は何もかも見こしていて、イヤー、マアマア、と背中を押して女をホテルヘ押しこみ、女は好みの演技をするふりもない。男はしごくてきぱきと|こと《ヽヽ》を運んで、女中さんに指図して、
「あの、二階の端のビーナスいう部屋あるやろ、バラ風呂の、ウン、そうそうあそこ、あそこへ頼むわ」
みずから女中さんより先に立って歩き、もとより女ははじめての場所なのに、男は口笛なんか吹いて部屋へ入るなり洋服だんすに突進、ハンガーに服をかけてもうネクタイなんかほどいていて、女中さんが風呂の湯を出してる間に、温度調節を手まめにやり、テレビをつけ、浴衣に着更えて、乱れ籠に靴下なんかほうりこんでいて、電気スイッチなどもはじめての部屋はわかりにくいもんであるのに、サッサとこまめに消して、枕元のあんどん型の灯なんぞつけ、ドアをしめる女に、
「まだあかんで。茶ァもってきよるから」
などといい、
「あ、もう風呂、ええやろ」
などと身を起してバスの蛇口をしめにゆく。
「こんな男もせつないわァ」
と女がいい、それはそうやろと、一同、納得して、男って、キライ! ということになった。