私は「食わずぎらい」というのは、ほとんどないつもりであるが「見ずぎらい」というのはある。プロレスなんかはそうであった。しかるに某夜、プロレスをみていると、何かおもしろそうだ。折も折とて、カモカのおっちゃんが、「あーそびーましょー」とやってきた。
よろこんで上へあげてやって、一緒にテレビを見る。
画面にはくんずほぐれつの大乱闘が映っている。
見てると、メッタヤタラと組付き、撲《なぐ》ってるみたい。
「あれでもルールはあるんでしょうか?」
と私。
「そら、おますわ。大ざっぱにいうて、やっぱり、タマをつかむのと、穴につっこむのはルール違反ちゃいまッか」
とおっちゃん。
「穴というのはやはり、鼻の穴とか耳の穴とか、お尻の穴とか……」
「男がほかにありますか?」
「タマというのは、やはり目の玉のことでしょうね」
「カマトト。も少し大きい目のもあるようですな」
ムチムチ、ブクブク太った大男二人、上になり下になり、押さえこみ、はねとばし、フーフー鼻息も荒く、一方にやられると一方は怒り狂って悪鬼の形相になり、むしゃぶりついて仕返しする、とまた片方が何をッという表情で大あばれする。場内昂奮のるつぼの如く騒然、見てると自然にこっちも力が入っておもしろい、しかし、できすぎたおもしろさみたいな気がしないでもない。
「そこがショーで、みんなよろこぶ所以《ゆえん》です。ホンモノのケンカなんか誰が見まっかいな、プロレスいうのんは、できすぎたケンカやからこそ、アカの他人が見ててもおもしろいねん、そらうまいこと商売やりまっせ」
互いに火花をちらして相搏《あいう》つ肉弾、はずむ息、怒号、雄叫《おたけ》び、ほんとうに怒り心頭に発してカッとしたようでもあれば、観客に、オレはイカったぞーっと誇示してるようでもあり、ホン気かウソ気かわからない、そのやりとりがまことにおもしろい。
その上、私は品性|陋劣《ろうれつ》のせいか、見てるうちに何だかあやしき想像がムラムラとおこり、はずかしくなってきた。だって上になり下になり、からむ肉体が、男といい条、ムチムチした巨体だから、ヘンに見える。とても正視に堪えない、おっちゃんはそんなことありませんか?
「いや、そら、そう想像するのも自由ですわ、いろんなこと考えてたのしめる、それもプロレスの商売でっしゃろ」
「それも商売の中へはいってますか」
「そら、見る人の勝手ですが、何ちゅうても、金とって見せるだけのことはある。ほんまのケンカや思うて昂奮しよる人もありゃ、できすぎたケンカやと、そのできすぎ具合を楽しむ人もあり、中には、おせいさんのようにヘンな想像してニンマリするのもおり、いろいろです。そしてそういうふうにたのしませるだけ、プロレスいうもんは、けんめいに工夫ひねって、商売考えてるわけですな」
おっちゃんは、商売ということは、とても大事であるという。
そしてみずから、酒をつぎつつ、
「いまの日本で、何がいちばん商売ヘタか」
「ワタシの小説!」
「おせいさんの三文小説なんぞ、知れとる。ヘタでも上手でも、あんまり実害ない。政治ですぞ、政治!」
「ヒヤヒヤ」
「政治家は政治すんのが、商売やのに、この商売、いちばんヘタクソ、これは実害あるから、いちばん罪ふかいのだ」
ではどうすればいいか、おっちゃんは憂国の志士となり、獅子吼《ししく》する、
「たとえば選挙のやりかた、変えなあきまへん、いまみたいに、出そうと思う奴を選挙してるようでは、いつまでたっても、金と顔の選拳になる」
「では、どうするんです?」
「そこが商売の工夫ですが、出しとない奴を選挙する。落したい奴に票入れる」
「ハァ」
「それならみんな喜んで入れにいく、棄権率ゼロになってしまう。おそらく、これやると、日本の政治地図は書き換えられますな、あいつだけはどうしても国会へ出しとない、こういう奴がきっとあるはず、それに、支持する奴がなくったって、おとしたい奴はあるはず。中には全部おとしたいというのもいるやろけど、その中でもことに、人民の代表にさせられるか、というような奴に、票を入れる。これは、誰もがセッセと投票にいきまっせ。僕かて、そんな選挙やったら、毎日でもやりたい」
たとえば菱原珍太郎なんてのが衆議院へ打って出るとする、と、必ず選挙区民の中には、何割か、何分か、「イヤダーッ」と拒否するのがいるだろう、それらがワーッと票を入れにいく、そして珍太郎の支持者たちや後援会員は、その間、ひたすら静粛に、陰々滅々と、口をとじ、身をつつしみ、珍太郎の名をもち出して世論を挑発しないように、隠忍している。大声で連呼したりすると、「出したくない奴」を、思い出さなくてボンヤリしていた選挙民に、
「そうだ、あいつがいたっけ」
と要らぬことを思い出させ、とんだやぶ蛇、
「ほんに、どっちかといえば、べつに出なくてもいい奴」
などと投票されることになる。浮動票を刺戟することになってはつまらない。
ひたすら、静かにしているから、選挙中も静かなもんだ。
開票結果が出ると、各々の選挙事務所では票が入るたびに顔をくもらせる。
票がのびるたんびに、候補者ならびにその一統に暗雲ただよう。どこの事務所も、「票が入りませんように」とだるまに祈願をかけてる。中にぐんぐん票が入って、ついに得票数日本一という候補者、落選確実となって、全部の開票終らぬ先に店仕舞い。
「いろいろ、商売は工夫せな、あきまへん」
とおっちゃんはいうた。