風の強い日にロンドンブリッジを渡ってゆくミニスカート。しおらしく裾に手をそえてちょっとおさえていて、見あげる日本人、さすがはと感じ入ったら、スコットランドの兵隊だった、というのはよくある話である。
ミニスカートはすたれたというが、まだまだ全盛のつづきで、すっかり定着してしまった。その昔はやった、細長いタイトスカート、しばらく前に海外からリバイバルされて入ってきたが、そして若い子があわてて着ていたが、ミニを見なれた目には、何とも醜悪でグロテスクだった。
日本の女の子の大根足は、包むとよけい、目立つ。女の目から見ると(女の方が男よりキビシイ)ミニの方がはるかにいきいきと美しくて、脚に表情が出て、よい。私はタイトスカートの、ぴったり細くて、かつ長いのを見ると、戦後二十年代・三十年代の猥雑・窮迫を思い出してあんまり愉快でないのである。
若者は昔を知らないから、平気で、流行とあればとびつくが、ついでにいうと、若い男が折々、黄土色ともうぐいす色ともつかぬ色のスーツを着ている。あれは、昔の軍服・国民服の、国防色という色。
色も多くあるだろうに、選りにも選って、どうしてこんなすさまじい興ざめた色を着るのだ。いかに昔を知らないとて、あの色はおよそ美的感動から遠い。それも、昔の父っつぁんの服をひっぱり出して着てるならまだしも、ま新しい服地で仕立てたスーツなのだから、感無量というべく、何を考えとんのか、と思って、顔をしみじみ、見ずにいられない。
ああいうものを着ると、壇上で直立不動の姿勢をとり、
「エー、本日は、大詔奉戴日であります。未曾有《みぞう》の国難に当りまして、いよいよ、軍民一体となって撃ちてし止まんの信念に燃え……」
などといいとうならへんか。中年がアレルギーおこす色。
ところで、女の子のほうは、さすがに下痢患者の便のようなそんな色を身につける人はない。私は若い女の子のミニスカートや、華やかな色の服が大好きである。どんな醜女でも若い子のミニは可愛くってならない。それにミニをはくと、かえって膝がしらを開けないようで、長いス力ートほど、両膝が開くのである。——そんなことを、電車にのって考えていて、ハタ、と私は思いあたった。
どうして女はスカート、男はズボンをはくのかしら。
見よ。洋の東西を問わず、時を問わず、太古の昔から男はズボン、もしくはズボン様《よう》のもの、女はスカート、もしくはそれに類したものではないか(中にはギリシャ・ローマ時代の如く、スコットランド兵隊風や、寛衣もあるけれど)。日本の埴輪をみても、男はズボン、女は裳である。
男は狩猟したり戦争したりというご苦労なことが多いので、活動に便なるべく、足の分かれたものを穿《は》いているのであろう。
しかし、女はおもに巣の中でゴチャゴチャとうごめきまわっているのだから、ことさら活動的であらねばならぬ必要はない。
それより、美しくよそおいたいのは太古からの女の習性ゆえ、花を絞ってその汁を摺りつけて模様を描いたり、木の実をつぶして、染めたりして、布をいろどり、それを腰へまきつける。という仕儀になる。……なったのではあるまいか。
「まァ、それも、あるやろけど」
とカモカのおっちゃんはいった。
「スカートちゅうのは、これは、裾が広いわなあ、ズボンより」
「あたり前です」
「ズボンはまくれまへんが、スカートはまくれます」
「ですから風の吹く日は、プリーツスカートなど押さえてあるくのです」
「スカートはまくり、ズボンはおろすと。これはそれぞれ、両性の体の構造上から考えてあるのとちがいますか。女がズボン穿いてたとしたらおろしても役には立ちまへん。やっぱり、まくらんと便利わるい」
不便、といえばよいのに、わざわざ便利がわるい、というのは大阪弁の特徴である。
「男はそれにひきかえ、別に、まくらんでも用は足せます。ズボンをおろしたらええようにできてるのです。すべて構造上から、それぞれにふさわしい形ができ上がったのです」
こんなアホを相手にしていてはキリがないが、私は念を押した。
「では、下品に申しますと、女のスカートは、男がやりやすいためだというの?」
「さよう」
とおっちゃんは重々しくうなずく。
「では、女にスカートを穿かせたのは、男の陰謀なんですね」
「陰謀なんて、とんでもない……僕はむしろ、それを考えたのは女やと思いますな。女はチョコチョコとスカートの端をもち上げて男を挑発すべく、スカートを穿くようになったのです。だいたい、わるいことを考えるのは、いつも女や」
「そんな、そんなことをするもんですか、女から男を挑発などと。女はただただ、美しく装わんがためにスカートを用い出したのです。それだけよ。もし、構造上の必要からやったら、むしろ、女がズボンをはいたほうが、貞操を守る上で便利なのではないでしょうか。ズボンの方が、守りはかたいですからね」
「いや、むしろ、スカートをはいている方が、つつしみぶかく、あばれんようになります。活溌にあるくと風でまくれ上がるから、楚々と内股になったりしますな」
「それ、ごらんなさい。男はそうやって、女を屈従的につくり上げたんじゃありませんか、つまり、男の陰謀、男の圧制なのダ!」
カモカのおっちゃんは、私にくいさがられてうるさくなったとみえ、
「まあしかし、ホントいうと男がズボンをはき女がスカートをはくわけは、排便に便なるため、ということに尽きるんではないですかな。それこそ、女はスカートをまくりあげないと、ズボンはいてた日にゃそのたんびに、ズブぬれです」