その夏の半ば、生まれてはじめて座骨神経痛なる痛みに見舞われた。夏の終りの北海道での旅に、暑寒別登山を予定していたのだけれど、こんな足で大丈夫かしらと心配になる。
この山は花が美しく、中腹に雨龍沼という高層湿原があるという。私にとって、水と花のある山というのは大きな魅力である。
深川市での用が夜の九時に終り、小田幸晴さんほかの深川市青年大学のひとたちと車を連ねて深川市の市民会館から三十キロ、舗装されていない山みちを一時間半ほど走らせて南暑寒荘に入る。雨龍町営の、休憩宿泊無料の小舎だけれど清潔で立派である。
十二時、満天の星を仰いだあとでふとんにくるまって、すぐに就眠。六時に起床。
小屋のまわりの草地にアポイマンテマと思われる薄紅の花が咲き、これからの山路も珍らしい花がありそうだと期待に胸をはずませて、かなりの急斜面を登ってゆく。うれしいことに一つも足が痛くない。
道はオシラリカ川の上流のペンケペタン川の谷に沿って進み、意外によく踏まれていて歩きよい。吊橋をわたって間もなく白龍滝が落下するのを右に見る。ここにくるまでにツバメオモトやショウジョウバカマが実になり、オニシモツケソウやアキノキリンソウが咲きさかっていた。クジャクシダは黄ばみはじめ、イワオトギリソウもわずかに花を残し、エゾミソハギが濃い赤紫に、まだ咲きつづけ、ほかにエゾカラマツやクルマバソウやエゾフスマなど。
滝から上に又、吊橋があり、流れが急になって、川そのものが緩傾斜の滝のように、岩の間に白波をたてながら流れ走ってゆく。高度を増すにつれてダケカンバの林が多くなり、その下草のチシマザサの緑が美しい。
谷沿いにつけられた道の対岸はゆるやかな尾根を見せる群馬岳で、流れと、笹藪とダケカンバの樹肌の白が晴れた空の下につづく眺めはすがすがしくて、北海道にもこんなに明るい山があったかと見とれてしまう。
ツルニンジン、ミミコウモリ、ザゼンソウ、ヨブスマソウ、セリバオウレン、クルマバムグラ、キソチドリ、ノウゴイチゴ、ヒメゴヨウイチゴなどが道のかたわらに目につく。
川の流れの淀んでいるところで石にこしかけて休んだ。右側の樹間から注ぎこむ小さな流れの水のおいしさ。氷をとかした水よりももっと冷たい。
小屋のところの標高が五百二十メートル強、六百メートルほどを登ったところで、道は川をはなれて笹藪の平地になり、前方に南暑寒と暑寒別本峰の姿がゆるい稜線を描いて浮び上った。一四九一メートルの本峰暑寒別は東方にむかって、大きな爆裂火口らしい形を見せている。
笹の道が尽きると、すぐ眼の前に黄ばみはじめた草原がひろがって、点々と池塘が光る。雨龍沼湿原である。東西に四キロ、南北に二キロ。ふりかえると、原の水をあつめて東に流れる川の落ち口のあたりが、ダケカンバの林を二つにわけているのがよく見えた。
それにしても何という花の多さであろう。もう実になったノハナショウブ、ヒオウギアヤメの群落。シオガマギクやサワギキョウの実もいっぱいある。ホロムイソウ、エゾノアブラガヤが咲き残り、エゾオヤマリンドウ、シロバナノワレモコウは今が盛りである。ワタスゲ、チングルマ、エゾカンゾウ、ミズバショウ、シナノキンバイは枯れ葉だけとなり、ツルコケモモやヒメシャクナゲがひっそりと生き残り、池塘にはネムロコウホネ、ミツガシワがまだ咲いている。
この湿原は熔岩台地にできたもので、かつては湖水であったという。池塘間の水位のちがうのがおもしろい。
南暑寒の登り口まで木道を四キロ歩いて笹の中で昼食。青年大学の方たちが枯木をあつめてバーベキュウをセットしての御馳走である。眼の下にひろがる一望の湿原を眺め、ノハナショウブやヒオウギアヤメが咲く頃、是非もう一度来たいと思った。左側の|恵岱《えたい》岳の沢の方に、クマがたくさんいますとさし示すひとがいたが、たとえクマにあっても、来たいと思った。
この山は花が美しく、中腹に雨龍沼という高層湿原があるという。私にとって、水と花のある山というのは大きな魅力である。
深川市での用が夜の九時に終り、小田幸晴さんほかの深川市青年大学のひとたちと車を連ねて深川市の市民会館から三十キロ、舗装されていない山みちを一時間半ほど走らせて南暑寒荘に入る。雨龍町営の、休憩宿泊無料の小舎だけれど清潔で立派である。
十二時、満天の星を仰いだあとでふとんにくるまって、すぐに就眠。六時に起床。
小屋のまわりの草地にアポイマンテマと思われる薄紅の花が咲き、これからの山路も珍らしい花がありそうだと期待に胸をはずませて、かなりの急斜面を登ってゆく。うれしいことに一つも足が痛くない。
道はオシラリカ川の上流のペンケペタン川の谷に沿って進み、意外によく踏まれていて歩きよい。吊橋をわたって間もなく白龍滝が落下するのを右に見る。ここにくるまでにツバメオモトやショウジョウバカマが実になり、オニシモツケソウやアキノキリンソウが咲きさかっていた。クジャクシダは黄ばみはじめ、イワオトギリソウもわずかに花を残し、エゾミソハギが濃い赤紫に、まだ咲きつづけ、ほかにエゾカラマツやクルマバソウやエゾフスマなど。
滝から上に又、吊橋があり、流れが急になって、川そのものが緩傾斜の滝のように、岩の間に白波をたてながら流れ走ってゆく。高度を増すにつれてダケカンバの林が多くなり、その下草のチシマザサの緑が美しい。
谷沿いにつけられた道の対岸はゆるやかな尾根を見せる群馬岳で、流れと、笹藪とダケカンバの樹肌の白が晴れた空の下につづく眺めはすがすがしくて、北海道にもこんなに明るい山があったかと見とれてしまう。
ツルニンジン、ミミコウモリ、ザゼンソウ、ヨブスマソウ、セリバオウレン、クルマバムグラ、キソチドリ、ノウゴイチゴ、ヒメゴヨウイチゴなどが道のかたわらに目につく。
川の流れの淀んでいるところで石にこしかけて休んだ。右側の樹間から注ぎこむ小さな流れの水のおいしさ。氷をとかした水よりももっと冷たい。
小屋のところの標高が五百二十メートル強、六百メートルほどを登ったところで、道は川をはなれて笹藪の平地になり、前方に南暑寒と暑寒別本峰の姿がゆるい稜線を描いて浮び上った。一四九一メートルの本峰暑寒別は東方にむかって、大きな爆裂火口らしい形を見せている。
笹の道が尽きると、すぐ眼の前に黄ばみはじめた草原がひろがって、点々と池塘が光る。雨龍沼湿原である。東西に四キロ、南北に二キロ。ふりかえると、原の水をあつめて東に流れる川の落ち口のあたりが、ダケカンバの林を二つにわけているのがよく見えた。
それにしても何という花の多さであろう。もう実になったノハナショウブ、ヒオウギアヤメの群落。シオガマギクやサワギキョウの実もいっぱいある。ホロムイソウ、エゾノアブラガヤが咲き残り、エゾオヤマリンドウ、シロバナノワレモコウは今が盛りである。ワタスゲ、チングルマ、エゾカンゾウ、ミズバショウ、シナノキンバイは枯れ葉だけとなり、ツルコケモモやヒメシャクナゲがひっそりと生き残り、池塘にはネムロコウホネ、ミツガシワがまだ咲いている。
この湿原は熔岩台地にできたもので、かつては湖水であったという。池塘間の水位のちがうのがおもしろい。
南暑寒の登り口まで木道を四キロ歩いて笹の中で昼食。青年大学の方たちが枯木をあつめてバーベキュウをセットしての御馳走である。眼の下にひろがる一望の湿原を眺め、ノハナショウブやヒオウギアヤメが咲く頃、是非もう一度来たいと思った。左側の|恵岱《えたい》岳の沢の方に、クマがたくさんいますとさし示すひとがいたが、たとえクマにあっても、来たいと思った。