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花の百名山83

时间: 2020-06-26    进入日语论坛
核心提示:三上山  イワナシ(ツツジ科) |三上《みかみ》山は四三二メートル。まことに低い山ではあるけれど、その形がいかにも端麗で
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三上山  イワナシ(ツツジ科)   
 
 |三上《みかみ》山は四三二メートル。まことに低い山ではあるけれど、その形がいかにも端麗で、全山を被う松のみどりの深さは、もう何十年も前の娘時代の関西への修学旅行の時以来、忘れられぬ印象を心にとどめている。まだ新幹線がなくて、急行列車が、東京を早だちして、近江路から京都にと向かう頃、ちょうど陽がかげりはじめていた。
彦根をすぎて湖ぞいに走る車窓の右に、比良の稜線が紫づいて浮び上り、左を見ると、富士山のように形のよい山が、夕映えにかがやいて金粉をそそぎこまれたようにまばゆかった。
戦後の京都に住んでいた時、下鴨の家から歩いて比叡山を越えたことがある。北白川の奥から志賀越の道を辿って四二〇メートルの峠にたった時、眼の下にひろがる琵琶湖の、海のような広さに感嘆した。|縹渺《ひようびよう》とひろがる水面の東に、濃い紫紺のいろの三上山がぬきん出て高くそびえたっている。すぐ眼の下は天智天皇の近江王朝の夢のあとを残す大津である。
さざなみや志賀の大わだ淀むとも
昔のひとにまたもあはめやも
[#地付き](万葉集 巻一)<t-left>
柿本人麻呂が追憶に胸を痛めたのはどのあたりからの眺めであったろうか。
去年の暮れ、天智天皇と大海人皇子という二人の俊秀な兄弟の愛にはさまれて嘆いた額田王の心をさぐるため、蒲生野の船岡山に登った。
あかねさす紫野行き|標《しめ》野行き
|野守《のもり》は見ずや君が|袖《そで》振る
むらさきのにほへる妹を憎くあらば
人づまゆゑに吾恋ひめやも
この相聞の歌の舞台になった蒲生野は、八日市の西、日野川と愛知川にはさまれたあたりで、阿賀神社のある修験道の山、太郎坊山の真向いに百メートル足らずの船岡山がある。
彦根市教育長の小林重幸氏によれば、往古、琵琶湖は、伊賀盆地のあたりまでひろがっていて、三上山も船岡山も湖中に浮ぶ島であり、なお、それ以前は海中にあったという。川の流域などは特に地味が肥えて草も茂っていたことであろう。『万葉集』にのこされたこれらの歌は、蒲生野の狩りの時としるされていて、男は山に獲物を追い、女は野に薬草や、食べられる草を摘んだのであった。船岡山の麓の杉林の中には、クズ、ノブドウ、タンポポ、ヨメナ、ノコンギク、アケビ、スミレ、ビナンカズラ、ヤブラン、クマイチゴ、ヌスビトハギ、ノイバラ、マンジュシャゲ、マンリョウ、イタドリ、アザミ、カキドオシ、ヤブカンゾウ、ナズナ、レンゲ、ニリンソウなどの春を待つ芽があって、いずれも薬に、あるいは食用になった草たちである。花崗岩の露岩のある頂きからは三上山が間近に見え、ふと思った。天智天皇や大海人皇子や額田王の眼にも三上はよく見えたにちがいない。それぞれが、自分の不安な思いを鎮めようとして、その端正な山のかたちに救いを求めたのではないか。
三上山は神の山とされて、三神山と書かれた時期もあったという。
船岡山の帰りについでに登って見ると、意外と急登の石段がつづき、着物に草履であったので、三分の一のところにある妙見神社の境内までにしたが、その屋根も朽ち、壁もくずれ落ちんばかりの荒廃ぶりにおどろいた。明けて春のはじめ、小林重幸氏や郷土史家の伏木貞三氏と登った。
赤松林の林間にモチツツジが多く、やっぱり信仰の山なのであろうと思ったのは、じつに清潔だったことである。ジュースの空缶一つ、ビニールの袋一つおちていない。
ノギラン、ショウジョウバカマの芽がよく出ていて、イワナシもあった。このおいしい実は古代の食用であったろうから、飛鳥びとたちは、このあたりまで足をのばしたかもしれないなどと思った。
頂きは湖畔の山々に多いチャートの露岩が多く、小さな石の祠がすえられていて、雨乞いの時に登って祈るというのは、これかと思った。登り一時間、下り三十分。毎日でも登りたいような山である。
さて、それから二カ月たって、藤原や霊仙の帰りにバスを待たせて一登りして来てびっくりした。イワナシの薄紅の花があちらこちらに咲いていてよろこんだのも束の間、近くの町の小学生の遠足らしいのだが、頂きの石の祠周辺はゴミの山、空缶や空弁当箱の山である。かためて持って上ってくる子供もいる。先生は何も言わない。得体の知れない神の存在を否定することは各人の自由だけれど、だからゴミは山の祠のまわりに集めよということは許されない。小学生のくる少し前に下山した中学生がすでにそのようなゴミの始末をして見せたらしいのであった。
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