けれど長い不妊のあと続けて四人の子供を産むと、エリザベートの肌にはめっきり衰えがめだつようになったのです。やがて怪しげな妖術使の女が、黒のマントに身をつつみ、森で摘んだいろんな薬草を持って、城を訪れるようになりました。毎日のように部屋では大釜《おおがま》で湯がわかされ、女たちがコンロの上でこってりした緑の芳香薬をかき回したり、薬草を潰《つぶ》して動物の脂肪にまぜ、その上に香のエッセンスを振りかけるという光景が見られるようになりました。
その朝も侍女がガラスの小瓶に入った薬液を大切にささげもって、エリザベートの部屋に入ってきました。彼女の肩と胸をむき出しにし、小瓶から青緑のどろどろした液体をすくいあげ、真っ白な肌のうえにのばします。
エリザベートはうっとり目を閉じました。頭は酔ったようにふらふらし、全身がほてり、体内の血が騒ぎます。娘の指が乳房のあいだや腋下《えきか》を軽くすべるとき、切ない快感が走ります。これまで知らなかった感触でした。夫の単調な愛撫《あいぶ》とはまるで違う、優しくいつくしみ撫《な》でさする感触……。エリザベートはわななきながら、この愛撫が少しでも続くようにと祈りました。が、やがて我に返ったとき……。
「何をするの? 手をおはなし!」
とっさに叫んで、彼女は髪にとめていたピンで、召使の手を思いきり突き刺しました。娘は叫びをあげて飛びすさりましたが、エリザベートは彼女をどこまでも追い詰めては、体のあちこちをピンでつつきまわします。娘は恐れおののいて掠《かす》れた声をあげながら、部屋中を逃げまわります。それを左右に追い詰めながら、エリザベートは残酷な快感に狂っていました。
けれど誰もこのときはまだ、これが我儘《わがまま》な奥様のただの気紛れだと考えていました。それがただの気紛れですまなくなる日が来ようとは、誰も想像したものはいなかったのです。
その朝もいつものように侍女に鏡のまえで髪をすかせていたとき、新入りの侍女の不器用な手つきに、エリザベートはヒステリックな声をあげました。
「痛い! なんてヘタクソなの?」
ふりむきざま、侍女の頬《ほお》を荒々しく打つと、娘の肌からほとばしった血がエリザベートの手にとび散りました。急いでハンカチで拭《ふ》きとりながら、何気なく自分の手を見ると、気のせいか血のついていた所が、他の部分よりスベスベしてきたように思えるのです。
エリザベートは狂喜しました。そうだ、これだ。水薬も軟膏《なんこう》も、もういらない。妖術使さえ知らなかった美容法がここにあるのだ。若い娘の血。その血をぬぐいさったあとの、この瑞々《みずみず》しい肌!
大急ぎでエリザベートは、忠実な召使のフィツコに命じて、黄金の盥《たらい》を部屋に運ばせます。ひとりの娘が後ろ手に縛られて連れてこられ、服をはがされて、無理やり盥のなかに追いやられます。召使のフィツコが娘の腕をきつく縛り上げ、女中のヨーが鞭《むち》で全身をうちのめし、助手のドルコがカミソリで娘の体にあちこち切り傷をつけます。盥のなかでのたうつ娘の全身から、驟雨《しゆうう》のように血が飛びちるのです……。
血が最後まで抜かれると、召使が娘の死体を毛布に包んで運びさり、エリザベートは裸になってゆっくりと盥のなかに足を踏み入れました。その瞬間、彼女の全身を激しいおののきが走ります。「ああ、若い娘の血、若い娘の血!」エリザベートは喜びの声をあげ、我を忘れてその血を手のひらですくっては、体中のあちこちに振りかけます。「ああ、二十歳の肌。二十歳の肌!」
このときから女中たちは、娘の血を求めて近くの村をさまよい歩くようになりました。
「伯爵夫人に仕えれば、これまでみたいな貧しい生活はなくなる。継ぎはぎだらけの服で泥のなかで働いたり、冬の寒さであかぎれを作ったりという惨めな生活はもうお終《しま》いだ。給料も食物も服も与えられ、天国のようなお城で、伯爵夫人の召使としてじきじきに召し抱えられるのだよ……」
その言葉を信じて、娘たちは元気いっぱいで城への道を上がるのでした。たしかに最初は下にもおかない扱いをされ、衣服も与えられ、風呂《ふろ》にも入れられてこざっぱりした身なりをさせられます。けれどその後彼女たちを待っていたのは、身も凍るような運命でした。まずは「家畜小屋」と称する地下の石作りの部屋に閉じ込められ、充分な食物を与えられ、まるまる太らされます。彼女らが太れば太るほど良い血が出るとエリザベートは信じていたので、市場に出す家畜のように栄養がたっぷり与えられていたのです。そしてそのあとは……。
「痛い! なんてヘタクソなの?」
ふりむきざま、侍女の頬《ほお》を荒々しく打つと、娘の肌からほとばしった血がエリザベートの手にとび散りました。急いでハンカチで拭《ふ》きとりながら、何気なく自分の手を見ると、気のせいか血のついていた所が、他の部分よりスベスベしてきたように思えるのです。
エリザベートは狂喜しました。そうだ、これだ。水薬も軟膏《なんこう》も、もういらない。妖術使さえ知らなかった美容法がここにあるのだ。若い娘の血。その血をぬぐいさったあとの、この瑞々《みずみず》しい肌!
大急ぎでエリザベートは、忠実な召使のフィツコに命じて、黄金の盥《たらい》を部屋に運ばせます。ひとりの娘が後ろ手に縛られて連れてこられ、服をはがされて、無理やり盥のなかに追いやられます。召使のフィツコが娘の腕をきつく縛り上げ、女中のヨーが鞭《むち》で全身をうちのめし、助手のドルコがカミソリで娘の体にあちこち切り傷をつけます。盥のなかでのたうつ娘の全身から、驟雨《しゆうう》のように血が飛びちるのです……。
血が最後まで抜かれると、召使が娘の死体を毛布に包んで運びさり、エリザベートは裸になってゆっくりと盥のなかに足を踏み入れました。その瞬間、彼女の全身を激しいおののきが走ります。「ああ、若い娘の血、若い娘の血!」エリザベートは喜びの声をあげ、我を忘れてその血を手のひらですくっては、体中のあちこちに振りかけます。「ああ、二十歳の肌。二十歳の肌!」
このときから女中たちは、娘の血を求めて近くの村をさまよい歩くようになりました。
「伯爵夫人に仕えれば、これまでみたいな貧しい生活はなくなる。継ぎはぎだらけの服で泥のなかで働いたり、冬の寒さであかぎれを作ったりという惨めな生活はもうお終《しま》いだ。給料も食物も服も与えられ、天国のようなお城で、伯爵夫人の召使としてじきじきに召し抱えられるのだよ……」
その言葉を信じて、娘たちは元気いっぱいで城への道を上がるのでした。たしかに最初は下にもおかない扱いをされ、衣服も与えられ、風呂《ふろ》にも入れられてこざっぱりした身なりをさせられます。けれどその後彼女たちを待っていたのは、身も凍るような運命でした。まずは「家畜小屋」と称する地下の石作りの部屋に閉じ込められ、充分な食物を与えられ、まるまる太らされます。彼女らが太れば太るほど良い血が出るとエリザベートは信じていたので、市場に出す家畜のように栄養がたっぷり与えられていたのです。そしてそのあとは……。