エリザベートが与える拷問は、千差万別でした。わずか梨《なし》を一個盗んだところを見つかった娘は、裸にされ後ろ手に縛り上げられて、城庭に引き立てられます。縄のはしを持った召使に肩をこづかれ無理やり歩かされたあとで、娘は樅《もみ》の大木を背に立たされ、縛り上げられます。逃れようともがく娘の腕に、たちまち縄は何重にも食いこみ、召使が縄を引くと両足がふわりと宙に浮きました。腕と脚にまわされた縄に全部の体重がささえられることになり、それは口では言えないほどの苦しみでした。食い込む縄に締め上げられて四肢は湾曲し、全身がコチコチに硬直しました。
それがすむと召使は姿を消し、やがて高価な蜂蜜《はちみつ》の入った土壺《つちつぼ》をかかえて戻ってきました。エリザベートは腕をまくると、指で蜜をすくいあげ、娘のからだに塗りはじめます。その指の下で蜜はくまなくひろがり、太陽の熱と娘の体温でたちまち溶けていきました。首筋、乳房、下腹、そして手足と、全身くまなく塗り終わると、水おけで手を洗いながら、エリザベートは満足げに微笑するのでした。
翌日、戦場から帰ってきた夫を、エリザベートはその木の下に伴いました。日中の凄《すさ》まじい酷暑で、ほとんど娘は気を失っていました。首はがっくり肩にのめりこみ、陽に焼かれてひりひり赤らんだ肉体の一面を、蠅《はえ》や蟻《あり》が黒ぐろとトグロを巻いてはい上がっていました。
このままにしておいては死んでしまう、もう充分じゃないかと言う夫に、エリザベートは平然と、城中の奉公人をみんな呼び集め、見せしめとしてこの木の周囲を行進させようと提案しました。ただちに集められた奉公人たちが、目をふせて黙々と木の周囲を行進する足音が闇のなかに不気味に響きわたりました。それが済んだあとやっとエリザベートは、半死半生になった娘を解放してやったのです。
これらの行為でのエリザベートの相棒は、二目と見られない醜男《ぶおとこ》の召使フィツコと、皺《しわ》だらけのこれも醜い大女、ヨー・イローナとドルコたちでした。彼らのなかにエリザベートは、残忍で無慈悲でありながら、自分の主人に対しては絶対に忠実な性格を見てとったのでした。その後、彼らはかけがえのない相棒として、あらゆる罪をエリザベートとともに生きることになりました。
しだいに夫は彼女を恐れ、うとんじるようになりました。それまでたまには連れていってくれていたウィーンの町にも、彼女がもう若くないことを口実に、連れていってくれなくなったのです。四人も子供のある中年女が、いつまでも着飾って遊びほうけていたのでは世間体が悪い。よい妻、母として家をきりもりし、客を歓待したり子供の乳母を監督することが、そなたの務めなのではないか?
母とは似ても似つかない醜い子供たちに、エリザベートはほとんど愛を抱くことができませんでした。ただ自分の美しさを磨き、保持することだけに情熱を覚えていた彼女にとって、はなやかな社交をあきらめ、妻として母としての務めに女盛りを費やすなど、とても考えられないことでした。
あいかわらず鏡の前で過ごす時間が、一日で一番楽しいひとときでした。つぎつぎとドレスをとりかえ、ありったけの宝石を身につけてみる。ときには、鏡のまえで自分の肌の状態を徹底的にしらべ、皺や染みがないかためつすがめつ[#「ためつすがめつ」に傍点]してみます。鉄をうつ職工のように、石を切る石工のように、その目は厳しく真剣でした。若い娘の血が彼女にとって欠かせなくなってくると同時に、娘たちをいじめることが、彼女の欲求不満を晴らす唯一の方法になってきました。しだいに彼女の拷問法は磨かれ、より込み入った洗練されたものになっていったのです。