一六〇四年、夫フェレンツの突然の死で、黒一色の衣装に身をつつみ、つつましい隠遁《いんとん》生活をおくることが、未亡人である彼女には要求されることになりました。
もうエリザベートの女としての人生は終わったのでしょうか。あとは老いへの階段をすべり落ちていく、孤独な未亡人の生活が残っているだけなのでしょうか。思い出だけを慈しみ、過去の幻影だけにすがりついて生きていく日が……?
そんなこと、ひどすぎる。四十過ぎたとは言え、まだわたしの女としての色香は充分に咲き香っているのに。こんな片田舎でおめおめ朽ち果てていくなんて!
こうしてますます、彼女の犯行はエスカレートしていきました。名高い時計師に作らせた「鉄の処女」は人間大の裸の人形で、全身が肉色で、化粧をほどこされ、いろんな肉体の器官が人間のようにそなわり、機械じかけで目も開き、歯も植わり、口を開くと残忍な微笑をうかべ、見事なプラチナ・ブロンドが、床に届くほどたっぷり植わっています。
その日も部屋に連れて来られたひとりの娘の服をぬがせ、エリザベートは肩をやさしく抱いてささやきかけました。「きれいな人形でしょ? ほら、愛撫してごらん。人形が目をあけて、お前に応《こた》えるだろう」
娘はつま先立ち、ひんやりした鉄の肌に口づけます。すると歯車の音がにぶく響き、人形が両腕をゆっくり上げます。逃げる間もなく娘の肉体は人形の腕にとらえられ、締めつけられていくのです。つぎに人形の胸が観音開きに割れると中は空洞で、左右に開いた扉に五本の刃がはえています。必死でもがきながらも、娘は人形の体内にとじこめられ、刃で全身を突きさされ、肉を砕かれ血をしぼりとられ、恐ろしい苦悶《くもん》のなかで息絶えるのです。
またある時は、外出から帰ったエリザベートの靴を脱がせようとして、慌てて踝《くるぶし》の皮をはいでしまった娘が生贄《いけにえ》に選ばれました。カッとしたエリザベートは娘の顔を手で力いっぱい打ちすえたので、娘の唇から鮮血がほとばしり、キャッと叫んで傷に手をあてながら、娘は後ろにとびすさり、何が起こったか分からないように、ぼんやり女主人を見上げました。
エリザベートは地団太踏んで立ち上がり、大声で召使フィツコを呼びます。ドアの外で様子を窺《うかが》っていた召使はすかさず、赤くなったおき[#「おき」に傍点]の上に、焼きごてをのせて運んできます。召使は娘に近寄って、腕を後ろにねじりあげて押さえつけます。エリザベートが娘に近づいてそのスカートをやおらまくり上げると、あばれ狂う娘の口を召使がおさえ、一方の手で頬を平手うちにします。
やおらエリザベートが、娘の素足に最高温度に熱した焼きごてをおしつけると、ジュッという音とともに肉の焼ける臭いが部屋にひろがり、娘のからだはフライパンの上のエビのように大きく飛びはねると、やがて動かなくなりました。娘が気絶したのもかまわず、エリザベートはそのコチコチに干からび褐色にかわった足裏に、なおも焼きごてを押しつけ続けます。「ほーら、お前にもキレイな靴を作ってやったわ。真っ赤な底までついてるじゃないの」そして、目をギラギラ輝かせながら、艶然《えんぜん》と召使に笑いかけるのでした。
また、ある時はこんなこともありました。冬のある日、散歩の途中でエリザベートは急に湖のそばで馬車を止めるように命じ、隣にのせていた召使の娘をおろしました。従者たちのかかげる松明のなかで、娘は服を脱がされます。凍《い》てつく風に吹かれて全身は紫色になり、激しい悪寒《おかん》のなかで、娘は泣き叫びますが、両側から男たちに押さえつけられて、身動きすることも出来ません。
そのあいだに召使はつるはしで叩《たた》いて湖の氷をこわし、そのなかで凍らずに残っている水を手桶《ておけ》でくみ出しました。そしてそれを、ゆっくりと娘の肌にそそぎだしたのです。凍った水の焼けるような感触に娘はのたうち、松明の火にむかって力なく動こうとします。が、零下何十度という気温のなかで、水は肌のうえでたちまち凍りつきました。第二の水、第三の水がつぎつぎと氷の層を厚くしていき、娘は凍った半透明の像に変わっていきました。
すべてが終わると、初めてエリザベートは馬車から降り、毛皮にくるまって娘に近づきました。氷の像にまだ命が宿っていることに気づくと、ゲラゲラと白い歯をのぞかせて笑い、像の周囲をゆっくり一巡りしました。「これを持って帰ってわたしの部屋に飾っておけないのが残念だわ!」こうして氷の像はそのまま積もった雪のうえに打ち捨てられ、馬に鞭《むち》があてられ馬車は出発していきました……。