けれどこうしている間も、しだいに老いはエリザベートを侵していきました。鏡に顔をうつすたびに、目尻《めじり》の深い皺、張りのなくなった肌のあちこちに浮き出した染み、こけた頬と、老いが確実に彼女の美貌をむしばんでいっているのが分かります。薬草、香油、温泉の泥風呂、そして何百という若い娘たちの血……。それらがみな無益だったというのでしょうか?
そしてそれに追いうちをかけるように、にわかに彼女の行状に不審をいだくようになったのが、その教区の神父だったのです。死者の数がやたらに多いことやその異常な若さ、埋葬を秘密にしたがることなどに異常を感じた彼が、ついにバートリ家の墓所である地下室にしのびこみ、無残な娘たちの死体を発見したことは、まえに書きましたが、仰天した神父はそのときから、どんなにバートリ伯爵夫人に呼ばれて変死した娘たちの葬儀を行なうよう頼まれても、いろんな口実をもうけて断るようになったのです。
神父の態度が一変したことに、エリザベートは不安になりました。あの神父が教区監督のもとに駆け込んで彼女のことを密告しようなどという考えをおこす前に、なにかの手を打たねばなりません。が、村人たちに尊敬されている神父を、とくに理由もなく逮捕したり討たせることは不可能です。
神父が埋葬を拒否してから、娘たちの死体の処理はしだいに難しくなってきました。地下室には柩《ひつぎ》が山と積まれ、庭や畑に穴を掘っても城の堀に沈めても追いつきませんでした。毛布でくるんでも石灰をまいても、死体の腐乱した臭いはたちのぼり、しだいに奉公人たちも異常さに気づくようになりました。
不安がるエリザベートに、妖術使マヨラヴァは、神父を毒殺することを提案しました。聖堂区の人間が神父に贈り物を持っていくことはよく行われていることなので、自分がおいしいお菓子をつくり、ベラドンナ、アニコット、毒人参など、口にしたとたんに即死するという猛毒をそのなかに入れようと言うのです。
一方、神父ポニケヌスは、その日も前神父の時代からの教会の記録簿を熱心に読みふけっていました。どこの誰とも言わず深夜に何度も立ちあわされた埋葬のこと、ときには一晩に九つもの遺体の埋葬を行なったことなどが、淡々と記されています。なんといっても強大な権力を持つバートリ伯爵夫人のこと、いつでも教会への援助を中止したり、聖堂区の土地や十分の一税をとりあげることもできるのですから、この件について前神父が慎重だったのはうなずけます。
どうしたらいいかと、神父は長いあいだ考えました。教区監督に訴えるにしても、確固たる証拠もなしに調査に応じてくれるわけもない。失敗はゆるされません。万一身に危険が迫っているのを知ったら、エリザベートは彼の口を封じるためどんな手段でもとるでしょう。
そうしているある日、神父は奇妙な客の訪問を受けました。深々した皺のなかに目鼻がうまり、継ぎはぎだらけの服を身につけたみすぼらしい老婆で、ドアをあけると彼に薄汚れた布の包みを差しだしました。彼のためお菓子を焼いてきたので、味わってほしいというのです。時おり、野菜や麦や菓子などは聖堂区の住民から喜捨として届けられたので、神父はこのときも変にも思わず受けとりました。包みをあけると素焼の皿にこんがりした黄金色のビスケットが入っていたので喜んで礼をいい、送り主の名を尋ねましたが、老婆は返事につまって何かブツブツ口ごもるだけでした。
ちょうど空腹だった神父は、いかにも香ばしいそのお菓子をさっそく味わおうとしましたが、ふと疑惑が頭をかすめました。老婆が送り主の名を答えなかったのが気にかかったのです。そのとき彼の頭に、あのバートリ夫人の名が浮かびました。彼は思いついて、菓子を一切れ戸口におきました。近くにうろついているノラ猫で実験しようとしたのです。
翌朝彼がそこに見たのは、ノラ猫ではなく彼の飼っていた愛犬の死骸《しがい》でした。犬は唇に緑色がかった泡をふき、菓子から少し先までよろめき歩いて倒れたらしく、周囲には爪《つめ》で引っかいたあとが生々しく残って、断末魔の苦悶を物語っていました。エリザベートが彼を毒殺しようとしたのは明らかです。一刻の猶予もありません。これ以上ためらっていては、今度こそ取り返しのつかない危険に襲われるだけです。
悩みつづけた彼は、ついに教区監督に手紙を書くことを決意しました。
どうしたらいいかと、神父は長いあいだ考えました。教区監督に訴えるにしても、確固たる証拠もなしに調査に応じてくれるわけもない。失敗はゆるされません。万一身に危険が迫っているのを知ったら、エリザベートは彼の口を封じるためどんな手段でもとるでしょう。
そうしているある日、神父は奇妙な客の訪問を受けました。深々した皺のなかに目鼻がうまり、継ぎはぎだらけの服を身につけたみすぼらしい老婆で、ドアをあけると彼に薄汚れた布の包みを差しだしました。彼のためお菓子を焼いてきたので、味わってほしいというのです。時おり、野菜や麦や菓子などは聖堂区の住民から喜捨として届けられたので、神父はこのときも変にも思わず受けとりました。包みをあけると素焼の皿にこんがりした黄金色のビスケットが入っていたので喜んで礼をいい、送り主の名を尋ねましたが、老婆は返事につまって何かブツブツ口ごもるだけでした。
ちょうど空腹だった神父は、いかにも香ばしいそのお菓子をさっそく味わおうとしましたが、ふと疑惑が頭をかすめました。老婆が送り主の名を答えなかったのが気にかかったのです。そのとき彼の頭に、あのバートリ夫人の名が浮かびました。彼は思いついて、菓子を一切れ戸口におきました。近くにうろついているノラ猫で実験しようとしたのです。
翌朝彼がそこに見たのは、ノラ猫ではなく彼の飼っていた愛犬の死骸《しがい》でした。犬は唇に緑色がかった泡をふき、菓子から少し先までよろめき歩いて倒れたらしく、周囲には爪《つめ》で引っかいたあとが生々しく残って、断末魔の苦悶を物語っていました。エリザベートが彼を毒殺しようとしたのは明らかです。一刻の猶予もありません。これ以上ためらっていては、今度こそ取り返しのつかない危険に襲われるだけです。
悩みつづけた彼は、ついに教区監督に手紙を書くことを決意しました。