その冬は寒さが厳しく、物も乏しい辛い冬でした。ペンと紙を渡されて物を書けるようになったのは、やっと三カ月後のこと。週二回、獄吏に見はられ黙々と庭を歩く散歩が許されるようになったのはそのもっと後でした。食事は朝はシチューと添え物、晩は焼肉と添え物で、少量のパンと葡萄酒がつくだけ。皿は汚れていて肉は固く冷えていることもしょっちゅうでした。
八一年七月、ようやく四年五カ月ぶりに妻と対面が許されましたが、監視つきの短かくあっけないもの。目のまえに妻のいとしい肉体があっても、それに手をふれることも口づけすることも許されない。かえってサドは狂うような嫉妬と欲求不満に悩まされるばかりでした。
やがてサドはあることないことを妄想しては、妻を困らせるようになりました。サドの秘書のルフェーブルがサドに渡すようにと本を何冊か買ってくれたといえば、ルフェーブルと妻のあいだを疑い、有名な文学サロンを主宰しているヴィレット夫人が、ルネに同情して自分の館《やかた》にきて一緒に住むようにすすめたといえば、夫人と妻との同性愛を疑います。はては妻に命じてルフェーブルの肖像を送らせ、それを使って相手を呪い殺そうとまでするのです。なかなかイイ男だったらしいルフェーブルの顔のあちこちに、十三カ所もナイフで刺した跡のある肖像画が、いまも残っています。
それでもまだおさまらないサドは、今度はごていねいにもルネへの手紙に、ルフェーブルの性器の大きさまで勝手に計算して書いています。彼によるとそれは「長さ十八・九センチ、周囲十三・五十五センチ」なんだそう。それにしても、いったいどうやって、計算したんでしょうね?
もっとも彼はラ・コストの饗宴のとき、何度もルフェーブルの性器を間近に見たことがあり、ルネも彼に命じられ、ルフェーブルに実際、身をまかせたこともあるのですが……。
つぎにサドは、本当に浮気してないなら、いつも自分が命じるとおりの服装をしているようにと命令します。つまりつつましく地味な服装で、髪はぴっちり後ろになでつけて髷《まげ》は結わず、洋服も肌をあまり見せない黒一色のもの……。
普通ならどんなに従順な女でも、ここまで言われては、いい加減にしろといいたくなります。ところがルネは、いちいち素直にしたがうのですから、驚きます。どんな疑いをかけられ、どんな無理難題を要求されても、いちいちすなおに受け入れるのです。
「わたくしはただ、あなたが満足して下さることだけが願いです。わたくしはあなたのためだけに生きています。わたくしの心は変わっていません。そしてこれからも……」
これにサドは、なおも疑惑の種をさがしては、手紙のなかでねちねちといじめぬくのです。ルネはそのためヴィレット夫人の申し出を断ったばかりか、夫の嫉妬をさけるため住居を引き払い、五百リーブルの家賃を払って、女子修道院の寄宿舎に引越しまでするのです。それにしても、この貞節ぶりはナンなんでしょうか? 加害者と被害者の息が、あんまりピタリと合いすぎていません?
本当のところ、これは男と女のあいだの、一種の精神的S・Mごっこ。それも息が憎らしいぐらいピッタリ合っている、愛しあっている夫婦のラブ・ゲームと言っていいのじゃないかしら? 焼餅《やきもち》を焼き、いびりながらも、じつはサド、奥さんに熱々だったんですね?
一見つつましやかで淑《しと》やかで、ベッドの快楽にも積極的でなかったろうと思われるルネが、実は外見とちがって淫蕩で破廉恥で、夫に負けないくらいスケベだったと考えるのは、愉快なことじゃありませんか。
そもそもラ・コストの城に娘たちを集めて性の饗宴を開いたとき、ルネも積極的にそれに参加しているのです。はじめは夫のヘンな趣味を知ってびっくりしましたが、それでも夫に嫌われまいと、いやいや従っていたのが、そのうちにしだいに飼いならされて病みつきに? まあ、詮索《せんさく》はそこまでにしておきましょう。
八一年七月、ようやく四年五カ月ぶりに妻と対面が許されましたが、監視つきの短かくあっけないもの。目のまえに妻のいとしい肉体があっても、それに手をふれることも口づけすることも許されない。かえってサドは狂うような嫉妬と欲求不満に悩まされるばかりでした。
やがてサドはあることないことを妄想しては、妻を困らせるようになりました。サドの秘書のルフェーブルがサドに渡すようにと本を何冊か買ってくれたといえば、ルフェーブルと妻のあいだを疑い、有名な文学サロンを主宰しているヴィレット夫人が、ルネに同情して自分の館《やかた》にきて一緒に住むようにすすめたといえば、夫人と妻との同性愛を疑います。はては妻に命じてルフェーブルの肖像を送らせ、それを使って相手を呪い殺そうとまでするのです。なかなかイイ男だったらしいルフェーブルの顔のあちこちに、十三カ所もナイフで刺した跡のある肖像画が、いまも残っています。
それでもまだおさまらないサドは、今度はごていねいにもルネへの手紙に、ルフェーブルの性器の大きさまで勝手に計算して書いています。彼によるとそれは「長さ十八・九センチ、周囲十三・五十五センチ」なんだそう。それにしても、いったいどうやって、計算したんでしょうね?
もっとも彼はラ・コストの饗宴のとき、何度もルフェーブルの性器を間近に見たことがあり、ルネも彼に命じられ、ルフェーブルに実際、身をまかせたこともあるのですが……。
つぎにサドは、本当に浮気してないなら、いつも自分が命じるとおりの服装をしているようにと命令します。つまりつつましく地味な服装で、髪はぴっちり後ろになでつけて髷《まげ》は結わず、洋服も肌をあまり見せない黒一色のもの……。
普通ならどんなに従順な女でも、ここまで言われては、いい加減にしろといいたくなります。ところがルネは、いちいち素直にしたがうのですから、驚きます。どんな疑いをかけられ、どんな無理難題を要求されても、いちいちすなおに受け入れるのです。
「わたくしはただ、あなたが満足して下さることだけが願いです。わたくしはあなたのためだけに生きています。わたくしの心は変わっていません。そしてこれからも……」
これにサドは、なおも疑惑の種をさがしては、手紙のなかでねちねちといじめぬくのです。ルネはそのためヴィレット夫人の申し出を断ったばかりか、夫の嫉妬をさけるため住居を引き払い、五百リーブルの家賃を払って、女子修道院の寄宿舎に引越しまでするのです。それにしても、この貞節ぶりはナンなんでしょうか? 加害者と被害者の息が、あんまりピタリと合いすぎていません?
本当のところ、これは男と女のあいだの、一種の精神的S・Mごっこ。それも息が憎らしいぐらいピッタリ合っている、愛しあっている夫婦のラブ・ゲームと言っていいのじゃないかしら? 焼餅《やきもち》を焼き、いびりながらも、じつはサド、奥さんに熱々だったんですね?
一見つつましやかで淑《しと》やかで、ベッドの快楽にも積極的でなかったろうと思われるルネが、実は外見とちがって淫蕩で破廉恥で、夫に負けないくらいスケベだったと考えるのは、愉快なことじゃありませんか。
そもそもラ・コストの城に娘たちを集めて性の饗宴を開いたとき、ルネも積極的にそれに参加しているのです。はじめは夫のヘンな趣味を知ってびっくりしましたが、それでも夫に嫌われまいと、いやいや従っていたのが、そのうちにしだいに飼いならされて病みつきに? まあ、詮索《せんさく》はそこまでにしておきましょう。