今度はコワーイ、男の嫉妬《しつと》のお話。十四世紀イタリア。ルネサンス文化たけなわの一方で、ローマ、フィレンツェ、ミラノなど、国内が多くの都市国家に分かれて争っている時代、ローマにフィリッポ伯という名の傭兵隊長がいました。傭兵隊長というのは自分の軍隊を持って、領主や国家にやとわれてその国のために戦う「戦争屋さん」のこと。都市国家間で争いの絶えなかったイタリアでは、結構需要のある割りのいいお仕事だったのです。フィリッポ伯は二百二十の兵を持つ、傭兵隊長としては中堅どころ。勇敢で骨身を惜しまず戦うという評判で雇用が引きもきらず、今日はローマ、明日はフィレンツェと、あちこち忙しく飛びまわっていました。あんまり忙しかったせいか、四十をこえるまで、独身をつづけていたのです。
そんな彼がめとったのは、ローマの名家サヴェッリ家の分家筋にあたる、まだ二十歳のイザベッタという女性。サヴェッリ家といえばローマでも屈指の大貴族で、法王や枢機卿《すうきけい》を出したほどの名門でした。じつはフィリッポ伯は以前、何度かこのサヴェッリ家に傭兵隊長としてやとわれたことがあるのです。そのときの彼の働きが気にいったサヴェッリ家が、ぜひとも彼を自分たちの飼い殺しにしておこうと、イザベッタを餌《えさ》として与えたというのが実情でした。
こうしてうら若いイザベッタと、倍ちかく年上の夫との新婚生活が始まりました。新居となった郊外の城も、もとはサヴェッリ家の持ち城で、いわばイザベッタの持参金のようなもの。そばにかしずく侍女たちも、みな彼女が嫁ぐとき連れてきた女たち。つまり娘時代とちっとも変わらない環境のなかで、結婚生活は始まったのです。たいていの嫁なら味わうはずの姑《しゆうとめ》の陰険な嫁イビリも、小姑《こじゆうと》への遠慮も、イザベッタは経験する必要がなかったのです。
イザベッタにしてみれば、自分の実家のほうが夫の家より上なんだという思いがいつもあり、嫁にきてやったんだという意識が捨てられない。本当なら王さまや王子さまにだって嫁にいけたはずなのに、なんでこんな所に……。政略結婚の犠牲にされたんだワという腹立ちもあります。そのうえ戦争が「職業」の夫は、ローマ、ミラノと、あちこちの領主のお呼びがかかっては、軍を引き連れ武装姿もものものしく出かけていき、なかなか帰ってこない……。
物たりなくなってきたイザベッタは、しだいに他の男たちとの情事にうつつをぬかすようになるのです。当時、女の姦通《かんつう》は死をもって罰せられるほどの大罪。イザベッタだってもちろんそれを知らなかったわけではないが、油断していたんですね。
なにしろ二十も年上の夫は甘くて優しくて、妻を目のなかに入れてもいいくらいにトロリと甘やかす。どこそこの宝石がほしいワと言えばすぐ取りよせるし、どこそこの絹がほしいワといえば、大金はたいて買ってくれる。知りあいの誰の所でパーティがあるのといえば、衣装の一揃《ひとそろ》いもそろえてくれ、泊りがけのお出かけにも文句ひとつ言わない。
別に夫を愛してなかったわけじゃないんです。若い妻にベタ惚《ぼ》れでしたいようにさせてくれる夫はいとしい。容貌《ようぼう》だって浅黒い肌とがっしりした体格は男っぽくてセクシーだし、たまに帰ってきたとき夜のベッドでは、思いっきり抱いて満足させてくれる。
でも、なんといっても留守が多すぎます。二十歳の精力満点の女には物足りなかったんですネ。何をしたってどうせ許してくれるんだから、ちょっとの浮気ぐらいいいじゃない、と思って始めたところが、ついズルズルッと病みつきに……、というわけです。
そんな彼がめとったのは、ローマの名家サヴェッリ家の分家筋にあたる、まだ二十歳のイザベッタという女性。サヴェッリ家といえばローマでも屈指の大貴族で、法王や枢機卿《すうきけい》を出したほどの名門でした。じつはフィリッポ伯は以前、何度かこのサヴェッリ家に傭兵隊長としてやとわれたことがあるのです。そのときの彼の働きが気にいったサヴェッリ家が、ぜひとも彼を自分たちの飼い殺しにしておこうと、イザベッタを餌《えさ》として与えたというのが実情でした。
こうしてうら若いイザベッタと、倍ちかく年上の夫との新婚生活が始まりました。新居となった郊外の城も、もとはサヴェッリ家の持ち城で、いわばイザベッタの持参金のようなもの。そばにかしずく侍女たちも、みな彼女が嫁ぐとき連れてきた女たち。つまり娘時代とちっとも変わらない環境のなかで、結婚生活は始まったのです。たいていの嫁なら味わうはずの姑《しゆうとめ》の陰険な嫁イビリも、小姑《こじゆうと》への遠慮も、イザベッタは経験する必要がなかったのです。
イザベッタにしてみれば、自分の実家のほうが夫の家より上なんだという思いがいつもあり、嫁にきてやったんだという意識が捨てられない。本当なら王さまや王子さまにだって嫁にいけたはずなのに、なんでこんな所に……。政略結婚の犠牲にされたんだワという腹立ちもあります。そのうえ戦争が「職業」の夫は、ローマ、ミラノと、あちこちの領主のお呼びがかかっては、軍を引き連れ武装姿もものものしく出かけていき、なかなか帰ってこない……。
物たりなくなってきたイザベッタは、しだいに他の男たちとの情事にうつつをぬかすようになるのです。当時、女の姦通《かんつう》は死をもって罰せられるほどの大罪。イザベッタだってもちろんそれを知らなかったわけではないが、油断していたんですね。
なにしろ二十も年上の夫は甘くて優しくて、妻を目のなかに入れてもいいくらいにトロリと甘やかす。どこそこの宝石がほしいワと言えばすぐ取りよせるし、どこそこの絹がほしいワといえば、大金はたいて買ってくれる。知りあいの誰の所でパーティがあるのといえば、衣装の一揃《ひとそろ》いもそろえてくれ、泊りがけのお出かけにも文句ひとつ言わない。
別に夫を愛してなかったわけじゃないんです。若い妻にベタ惚《ぼ》れでしたいようにさせてくれる夫はいとしい。容貌《ようぼう》だって浅黒い肌とがっしりした体格は男っぽくてセクシーだし、たまに帰ってきたとき夜のベッドでは、思いっきり抱いて満足させてくれる。
でも、なんといっても留守が多すぎます。二十歳の精力満点の女には物足りなかったんですネ。何をしたってどうせ許してくれるんだから、ちょっとの浮気ぐらいいいじゃない、と思って始めたところが、ついズルズルッと病みつきに……、というわけです。