ギーッと扉の軋《きし》む音に、ベッドの上でイザベッタはぼんやり目を開けました。狂おしい愛欲の嵐《あらし》に身をまかせ、たがいを思いきり求めあい貪《むさぼ》りあったあとの快い疲れのなかで、彼女はぐっすり眠り込んでいたのです。最初イザベッタは、なにが起こったのか分かりませんでした。が、入り口のほうを見たとき、抜身の剣をさげて立っている武装姿の兵士たちにびっくり仰天! おまけにその中に夫の姿を見つけて、恐ろしさのあまり身はすくみ声も出ません。
フィリッポ伯の合図で、兵士のひとりが剣を手にベッドに近づき、サッとシーツをはぎとります。イザベッタとリッツォのあらわな裸が松明《たいまつ》の光に照らし出されました。ふたりとも恐怖のあまり、ただ抱き合ってガタガタ震えるばかりです。
また伯が低い声で何か命じると、数人の兵士がつかつかとベッドに近づき、リッツォを引きずり下ろします。もう一人がそそくさと天井の梁《はり》に縄をわたし、縄の下に小さい椅子《いす》を用意します。リッツォは裸のまま無理やりその椅子のうえに立たされました。自分にこれから何が起ころうとしているのか気づいてないかのように、リッツォは天井から下がった縄を首にまわされるままになっていました。極限までの恐怖が、彼の肉体を金しばりにしていたのです。つぎの瞬間兵士のひとりが乱暴に、彼の乗っている椅子を蹴《け》とばしました。そのときウッと一声うめいたのが、あわれな青年の最期の声でした。
けれどイザベッタへの復讐は、これでは終わりませんでした。白い寝間着を着せられ、彼女が連れていかれたのは、罪人を閉じこめる牢獄《ろうごく》になっている城の地下室でした。高い小窓からわずかに光が差しこむだけの、冷んやりした石壁に囲まれた陰惨な部屋です。
壁には三カ所に鉄輪《かなわ》がぶら下がっていました。中央のそれは囚人の首をつなぎ、左右の二つは囚人の手首をつなぐためのものでした。イザベッタの首と手はこうして壁につながれ、頑丈な錠がおろされました。ひんやりした床に子供のように両脚をなげだしたまま、彼女はただ放心してすわっていました。
けれどそのときイザベッタは、はじめて絹を裂くような悲鳴をあげたのです。逃れようとする間もなく、近づいてきた一人の兵士が彼女の口をこじあけ、もう一人の兵士がその口のなかにやっとこを突っこんで、力いっぱい歯を引きぬきました。やっとこにはさまった血まみれの歯を無造作に床に捨て、またやっとこが口のなかに差しこまれます。イザベッタは狂ったように叫び、身をもがきつづけていましたが、首も手もつながれた身ではどうにもなりませんでした。
同じ動作が何度も繰りかえされて、とうとう全部の歯が抜きとられました。口のなかからあふれだす血と唾液《だえき》が滝のように彼女の頬《ほお》をつたって流れ、白い寝間着を真っ赤に染めていきました。その光景を、フィリッポ伯は口許《くちもと》に薄い笑いをうかべたまま、黙って眺めているだけでした。