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黒魔術白魔術05

时间: 2020-07-21    进入日语论坛
核心提示:人造人間ゴーレム一六世紀のプラハで、人造人間�ゴーレム�をつくった、ラビ・レーウェ・ユダ・ベン・ベザレルという人物をご存
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人造人間ゴーレム

一六世紀のプラハで、人造人間�ゴーレム�をつくった、ラビ・レーウェ・ユダ・ベン・ベザレルという人物をご存じだろうか? 神の業にも等しいゴーレムの創出は、ユダヤのカバラ思想の、奥義中の奥義である。
人造人間ゴーレムは、今世紀に入ってグスタフ・マイリンクの幻想小説『ゴーレム』で有名になった。が、その作者であるラビ・レーウェの人物像は、いまも神秘のベールに包まれているのだ。
一六世紀当時、チェコのプラハには神聖ローマ皇帝ルドルフ二世が住んでいた。ルドルフ二世は変わり者で、ヨーロッパ中から錬金術師や魔術師や占星術師を招いて、プラハに神秘的なサークルをつくっていた。
たとえばイギリスの魔術師ジョン・デイ、錬金術師ケリー、ドイツの薔薇《ばら》十字団の首領マイエル、さらには高名な天文学者ティコ・ブラーエや、惑星運動の研究で知られるケプラーなど……。
プラハの町自体が、神秘愛好家である国王の人柄を反映して、怪奇な雰囲気に満ち満ちていた。占星術師や金銀細工師や時計師や、はては詐欺師や香具師《やし》までが、ヨーロッパ中からこの町をめざして集まってきた。
黄金小路とよばれる細長い町の一角には、あやしげな占い師やカバラ学者がうようよしていたし、狭苦しいゲットーには、人造人間ゴーレムにまつわる怪奇なユダヤの伝説が息づいていた。
ラビ・レーウェの娘婿ラビ・イサーク・コーエンの回顧録によると、一五九二年二月二十三日、ラビ・レーウェは婿とともに、ルドルフ二世の城に出頭を命じられたという。一行は特別の謁見室に招きいれられ、そこで皇帝に謁見をたまわった。
このとき何が話されたかは、婿は黙して語らないが、ルドルフ二世が,カバラやゴーレムに深い関心を持っていたことは、疑いようがない。レーウェは一五八〇年に初めて人造人間ゴーレムを造り、それから十三年のあいだゴーレムは生きつづけたというから、ルドルフ二世との謁見のころは、まだゴーレムは生きていたのである。
プラハ城の丘を下ってカレル橋をわたると、旧ユダヤ人街に出る。旧ユダヤ人墓地から二〇〇メートルほど行くと、�旧新シナゴーグ�と呼ばれる古いユダヤ教の会堂がある。一五八〇年当時、プラハにはユダヤ人虐殺の嵐が吹き荒れており、このとき旧新シナゴーグの筆頭ラビだったレーウェは、深く心を傷めていた。
ある日シナゴーグで祈っていると、神の声がラビ・レーウェに、ユダヤ人の守護者としてのゴーレムを作りだすように命じられた。カバラの奥義を極めていたラビ・レーウェは、ついにゴーレム創出を決意するのである。
ラビ・レーウェは、婿のラビ・イサーク・コーエンと弟子のラビ・ヤコブ・ソッソンをともない、モルダウ河畔に出かけた。ゴーレムの材料とされる、泥(粘土)を採取するためである。
必要な泥を採取したあと、三人は闇夜《やみよ》のユダヤ人街にもどり、カンテラを手に、旧新シナゴーグに入っていった。階段を上がって屋根裏部屋に入ると、ラビ・レーウェと二人の助手は、さっそく粘土をこねて人型《ひとがた》作りを開始した。
そして四時間後、ついに人型は完成した。ラビ・レーウェの合図で、二人は完成した人型の足もとに整列した。燭台のロウソクが、めらめらと炎を揺らしている。
レーウェが手をあげると、まず婿のコーエンが祈りをとなえながら、人型のまわりを時計と逆方向にゆっくりとまわる。七回まわったところで、レーウェが重々しい声で呪文《じゆもん》をとなえた。
「メム・コフ、メム・ザーイェン……」
すると泥の人型は突然、真っ赤な炎を吹いて燃えはじめた。ところがふしぎなことに、まわりには炎が燃えうつらないのだ。レーウェの合図で、今度は弟子のソッソンが、左まわりに七回まわる。レーウェがさらに呪文をとなえると、真っ赤に燃えさかっていた人型から真っ白な湯煙が立ちのぼり、あっというまに炎が消えてしまった。
そして立ちのぼる湯煙のむこうには、いつのまにか、頭に髪が、指に爪のはえた人型が立っている。粘土の表面も、まがうかたない人間の肌に変わっている。こうしてしだいに人間に変わりつつある人型のまわりを、今度はレーウェ自身が左まわりにまわり、「創世記」の一節をとなえた。
「神である主は、土地の塵《ちり》で人を形作り、その鼻に生命を吹き込まれた。そして、人は生き物となった」
いよいよ、その息を吹きこむ瞬間である。レーウェは、聖なる神の名(シェーム・ハ・メフォラッシュ)を記した羊皮紙の護符を、人形の唇に置いた。そしてそのとたん、ゴーレムはぱっと目を見開き、おもむろに起きあがったのである。
こうして完成したゴーレムは、ラビ・レーウェの家に住むようになった。ゴーレムは喋《しやべ》ることは出来なかったが、それ以外はまったく普通の人間と変わらなかった。そのうえ、レーウェが舌の根元に置いた護符のおかげで、ゴーレムは自由に姿を消せるという超能力を持っていたというのだ。
ゲットーに孤立して生きるユダヤ人にとって、外からの情報は生きていくに欠かせないものだ。もしかしたらゴーレムは、人に姿を見られることなくあちこちに出没して、その情報を収集する役目を、暗に与えられていたのではないか。そしてユダヤ人暴動が起こりそうな気配があるときは、いちはやくラビ・レーウェにそれを知らせ、被害を最小限度に止めようとしたのではないか。
ラビ・レーウェはゴーレムが安息日を犯すのを恐れて、金曜日の夕方にはゴーレムの舌の根元に入れてある、生命の源である護符をとりはずす習慣があった。ところがある金曜日、レーウェはうっかりして、ゴーレムから護符をはずすのを忘れてしまった。
気がついたときはゴーレムは通りを自由に歩きだしており、あげくは凶暴になって手当たりしだいに物を投げはじめたのだ。旧新シナゴーグに集まり、安息日のための詩篇を朗誦しているところだったレーウェは、知らせを受けて大急ぎで帰宅し、暴れるゴーレムをとりおさえ、舌から護符をもぎとって安息を与えた。そして再びシナゴーグにもどって、祈祷《きとう》を再開したという。
こうしてゴーレムは十三年のあいだ生きつづけるのだが、一五九三年についに土に帰ることになる。皇帝ルドルフ二世がユダヤ人迫害を禁止したため、ユダヤ人街は襲撃におびえることもなく、ゴーレムも必要なくなったのである。そこでラビ・レーウェは、ゴーレムをふたたび土に返すことを決意したのだ。
一五九三年五月十日、ラビ・レーウェは再び婿ラビ・イサーク・コーエンと弟子ラビ・ヤコブ・ソッソンとともに、旧新シナゴーグの屋根裏に上っていった。そしてゴーレムの舌の根元に入れてあった、「シェーム・ハ・メフォラッシュ」の護符をとりのぞいたのだ。
こうして護符をとりのぞき、ただの粘土細工となったゴーレムが、床に横たえられた。しかしゴーレムを土に返すには、これだけでは十分でない。三人は創出儀式のときと反対に、今度はゴーレムの枕もとに並んだ。
入口で見張りを言いつけられた堂守が、ドアに耳をあてて聞いていると、部屋のなかからは、レーウェや助手たちのとなえる呪文と、コツコツという靴音が響くだけだった。
やがて堂守が呼ばれて部屋に入っていくと、そこにはすでに髪も爪もなく、ただの粘土細工でしかないゴーレムが横たわっていた。レーウェの命令で、二人の助手は人形の服を脱がし、祈祷用のマントにつつんで部屋のすみに置いた。そして書物や書類で、そのうえをすっかりおおってしまった。
それまで屋根裏部屋は書籍の保存庫として使われていたが、ラビ・レーウェは「火災の恐れがあるから、今後は絶対に使用しないように」と、屋根裏部屋を立ち入り禁止にしてしまった。
それがゴーレムを人目に触れさせないためであるのは言うまでもない。しかし、なぜそうまでせねばならなかったのか。ゴーレムは人型をとどめてはいても、もはやただの土塊に過ぎなくなってしまったのではないか……?
が、ラビ・レーウェはなんとしても、土塊に返ったゴーレムを人目に触れさせまいと決意していたようだ。そういえば、�神の息がいまだかかっていないアダム�であるゴーレムを製造するには、�聖なる祭壇の建つシオンの山からとりだされた�ような、最上質の土を用いなければならないという言い伝えがある。
つまりゴーレムの材料である�土�の採取それ自体にも、ゴーレム創出の大きな秘密が隠されていたのではないか。だからこそラビ・レーウェは、土塊にもどったゴーレムを他者の目に触れさせることを、あんなにも恐れたのではないか?
 三百年あまりつづいたタブーをやぶり、二〇世紀になって、ついに禁断の屋根裏部屋に足を踏み入れた男がいる。人気ルポ・ライターのエゴン・キッシュである。
しかし当時、屋根裏部屋に通じる階段がなく、外壁をよじのぼる方法しかなかったので、危険すぎるということで、なかなか許可が出なかった。ゴーレム創出のときラビ・レーウェらが外壁づたいに屋根裏に入ったとは考えがたいから、一八八三年にシナゴーグに改修がほどこされたとき、たぶん階段は取り払われたのであろう。
さて当日の朝八時、キッシュは行動を開始した。ニクラス通りに面したシナゴーグの外壁には、一八八〇年に消防署の指示で鉄製のかすがいが打ち込まれていた。しかし一番下のかすがいも、地面から二メートルもの高さにある。
キッシュはそのかすがいにハシゴをかけた。十八段のかすがいを上がり終えると、急勾配の切り妻屋根があり、壁龕《へきがん》に古ぼけた扉が見える。キッシュは壁龕に足をかけ、重々しい鉄扉を鍵《かぎ》でこじあけた。
なかに入ると、床一面を埃がおおい、小鳥の死骸《しがい》が散乱していた。床板はなかば朽ちかけ、天窓からは幾筋かの光が差しこんでいる。見上げると、梁《はり》と梁のあいだにコウモリが不気味にぶらさがっていた。
長い時間が過ぎた。地上では、好奇心に満ちた野次馬が今か今かと待っている。おそらくキッシュは、部屋のすみずみまで必死で探しまわっているのだろう。人々がしびれを切らしかけたとき、ついにキッシュが壁龕に姿をみせ、鉄扉を閉めてかすがいを伝わり降りてきた。
野次馬がワアッと彼に殺到したが、キッシュは不機嫌な顔で物も言わず人垣をかき分けて歩み去った。会堂の控えの間で手を洗っていると、堂守が「どうです? ゴーレムは見つかりましたか?」と皮肉に尋ねたが、これにも何の返事もしなかったという。
のちにキッシュは、「ゴーレムらしきものは何一つみあたらなかった」と報告している。もし見たのなら、ルポライターである彼が特ダネを黙って見過ごすわけがない。だから、彼の報告は本当なのだろう。
そもそも三世紀以上のあいだ厳しく封印されてきた屋根裏部屋に、キッシュのような部外者を入らせたことからして、奇妙である。もしかしたら土くれはずっと屋根裏部屋に隠されていたあと、今世紀に入ってから、ひそかに関係者たちの手で何処《どこ》かに持ち去られたのではないだろうか。
しかしそれなら、その土くれはいま、いったい何処にあるのだろう。その土くれを使って、もしかしたら何処かの誰かが、ふたたびゴーレム創出を試みなかったという保証もない。いや、もしかしたら、すでにそれに成功した人物が何処かにいるのでは……?
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