一九八二年十二月十七日、西ドイツ南部のランツベルクの街で、三十七歳の人妻ハンネローレ・エップと、その愛人の四十二歳のH・ムンドが逮捕された。二人はハンネローレの夫のハインリッヒを、自動車ごと池に突き落として殺そうとしたのだ。
しかし危機一髪で助かったハインリッヒが警察に訴え出たため、二人は殺人未遂罪で逮捕された。そしてその供述から、一人の意外な人物が浮かびあがってきたのだ。現代の女|呪術《じゆじゆつ》師、ウラ・フォン・ベルヌスという人物である。
ローテンブルクに住むウラは、当時五十六歳だったが、なんとこれまで一人につき一万マルク(約百万円)の料金で、二十人以上の人間を呪い殺してきたというのだ。
彼女のもとには大物政治家、貴族、芸術家など、大勢の名士が依頼にやってくる。たとえば外に愛人をつくって、家に帰ってこなくなった夫を呪い殺してくれと頼む妻。年下の男に夢中になって家を出てしまった妻を、呪い殺してくれと頼む夫……。
ウラが呪いをかけた結果、その人々は交通事故や転落死や心臓マヒ、なかには原因不明の熱病で死んでいったものもいる。そして現在も、つぎつぎと依頼が殺到しており、何カ月も先まで予約がいっぱいなのだそうだ。
このとき逮捕されたハンネローレは木材会社社長の妻だったが、少しまえから、室内装飾家のH・ムンドと、男女の関係が出来た。彼女はしだいに夫の存在がうとましくなり、ついに一九八二年六月十七日、人の紹介で女呪術師ウラを訪ねたのである。
ハンネローレが通されたのは、天井から床まで黒ずくめの布でおおわれた部屋だった。中央のテーブルは、血のような真紅の布でおおわれ、金色の燭台に赤い八本のロウソクがともされていた。
やがてドアが開いて、全身黒ずくめの小柄な中年女性があらわれた。外観は、ごく平凡な女性に見えた。ハンネローレは思わず、こんな人に、本当に呪いで人が殺せるのだろうかと、内心でつぶやいたという。
「ご用件は?」
ウラに低い声で聞かれて、ハンネローレは口のなかでつぶやくように言った。
「夫を殺して欲しいんです」
「ご主人を? それはいったいどうして? ご主人に女でも出来たんですか?」
「もう夫が愛せなくなったんです。これ以上、あの人と一緒に暮らすのに耐えられないの……」
「わかりました。ご主人の写真を持ってこられましたよね?」
ウラはハンネローレから夫の写真を受けとると、魔剣をふりかざして、重々しく呪文をとなえた。そしてこう叫びながら、手にした魔剣を、目のまえのドクロの脳天につきたてたのだ。
「悪魔よ! この写真の者ハインリッヒ・エップに、死の呪いを与えたまえ!」
「もう何の心配もいりません。ご主人は三カ月以内に、交通事故で命を失うでしょう」
ウラの言葉に、ハンネローレ夫人は大喜びでそこを辞したのだが、なぜかそれから三カ月が過ぎ、さらに四カ月が過ぎても、夫は事故にあうどころか、ピンピンして毎日仕事に出掛けていく……。
「あの女は、やっぱりサギ師だったのかしら……」
我慢できなくなったハンネローレは、ついに愛人ムンドと相談して、十二月十六日真夜中、愛車で帰宅した夫を待ちぶせして麻酔液をかがせ、車ごと近くの池につき落とそうとしたのだ。
ところが車が池に向かって動きだした瞬間、意識を失っていた夫が奇跡的に息をふきかえし、必死にブレーキを踏んで危機一髪のところを救われたのである。
警察当局は、逮捕した二人から呪殺師ウラの話を聞いても、「中世の昔じゃあるまいし、現代にそんなものがいるわけない」と、耳を貸さなかったが、あまり二人が言い張るので、ウラを召還した。するとウラは、捜査官らの前でこううそぶいたのだ。
「そうよ、私は現代の呪殺師。もう二十人は呪い殺したかしら。悪いことをしたとは思っていないわ。私が呪い殺した相手はみな悪人ばかり。当然の報いを受けたのよ」
ウラは自宅で、「魔女パンフレット」という、呪いの種類や料金の一覧表を発行している。彼女が用いる呪殺術には、なんと十三以上の種類があるというのだ。
なかでも得意なのは�人形臓針の呪殺法�だが、ときによって、ロウ人形、布人形、木製人形を使いわけている。
なかでもユニークなのは、死皮人形を使った呪殺法である。カラスやハゲタカの内臓と、死刑になった罪人の爪と墓の土を混ぜて作った人形を、罪人の死体から切りとった皮膚で包んで乾したものだ。動物の骨で作った小さなドクロを人形の頭にする。
ウラはまず、悪魔をよびだす呪文をとなえる。そして悪魔の霊が降りると、殺そうとする相手の写真に魔剣をつきたて、死皮人形にその魂をのりうつらせるのだ。
つぎに自分の指に針をさして血を出し、その血で死皮人形の心臓に×印を描く。そして、「この者に悪魔の呪いがふりかかれ! この者に呪いがとどき、地獄に落ちろ!」と叫んで、死皮人形の心臓にぶすぶす針を突き刺すのだ。
この死皮人形の呪殺術で、実際に有名音楽家である夫を殺してもらったシモーヌという女性は、こう証言している。
「二年前、『夫が暴力をふるうので困っています。一日も早く、夫を殺してください。急ぐので一番強い呪いでお願いします』と、ウラさんにお願いして、一万マルクを即金で払いました」
このときウラは、一週間のあいだ、つづけて死皮人形の呪いをおこなうと約束してくれた。そして彼女が呪いをはじめた翌日から、シモーヌの夫は急に心臓に激痛が走り、さんざん苦しみぬいたあげく、八日目の朝ついに血を吐いて死んでしまったというのだ。
突然の死だったため遺体は一応解剖されたが、死因は心臓マヒと鑑定され、めでたしめでたしだった(?)という……。