ラ・ヴォワザンとは、太陽王ルイ一四世の時代の、有名な妖術師《ようじゆつし》である。裕福な宝石商の妻だったが、占星術やタロット占いに通じ、悩みを持つ貴婦人たちの身の上相談にのってやっていた。
しかし実は、豪華な客間の裏には、毒薬の実験室や媚薬《びやく》や堕胎剤を作る部屋が隠され、部屋の奥には大きなカマドがあって、いつも悪臭のする煙が出ていた。当局の追及にラ・ヴォワザンは、不義の子をやどした女性に堕胎をほどこし、その胎児をここで焼いたのだと言い訳したが、じつは黒ミサに使った赤ん坊を焼いていたらしかった。
ラ・ヴォワザンは貴婦人たちに堕胎剤や毒薬を売ったり、夫の浮気に復讐《ふくしゆう》したいとか夫を殺して愛人と結婚したいとかいう、物騒な相談をもちかける女たちのために、赤ん坊をさらってきては黒ミサの儀式をおこなっていたのである。
しかし彼女の犯罪も、やがて発覚する日がきた。警察が黒ミサに参加したり毒薬を売買した容疑者を逮捕するうちに、毒薬取り引きの大がかりな秘密組織があることが判明したのだ。
その裁判をおこなったのが、ルイ一四世の有名な「火刑法廷」だったのである。壁に黒い布がはりめぐらされ、昼間でも松明《たいまつ》の火に照らされて明るいことから、こう呼ばれたのだ。そこで行なわれた拷問の残酷さは、想像を絶するすさまじいものだったという。
四年間につぎつぎ四〇〇人以上の人々が警察に引いていかれ、そのなかの一〇〇人ほどが有罪に、三六人が死刑に処されたのだ。超大物であるラ・ヴォワザンも、ついに捕らえられて、拷問にかけられることになった。
しかしラ・ヴォワザンは依然、口を割ろうとはしない。初めは「スレット」という�拷問|椅子《いす》�で責められたが、効果がないのでつぎつぎと残酷な拷問を課され、最後には「ブロドカン」という�靴形責め�の拷問を課されることになった。
それは被告に拷問用の深靴をはかせ、すねをじわじわと締めつけたり、あるいは足の肉と靴のあいだにクサビを打ち込み、足の骨までぐちゃぐちゃに粉砕してしまうという、恐ろしい拷問具である。
ラ・ヴォワザンは三日がかりでこの拷問を受けたが、それでも自分にかけられた容疑をがんとして否定しつづけていた。糾問《きゆうもん》をつづった速記録には、彼女の足が残酷に粉砕されていくさまが、非情な克明さで記されている。
二度目のつちがクサビに叩《たた》き下ろされたとき、彼女は「おお神さま、マリアさま、私には何も話すようなことはありません」と叫び、三度目のつちが降り下ろされたとき、「もう何もかもお話ししました!」と叫んでいる。
さらに四度目のつちが降り下ろされると、この世のものとは思えぬ恐ろしい悲鳴があがったというが、彼女の供述については一言も触れられていない。たぶんこれだけ残酷な拷問がおこなわれたというのに、やはり警察側が期待していた自白は得られなかったのだろう。
捜査を担当した辣腕《らつわん》レニエ総監も、ついにサジを投げるが、よほど悔しかったのか求刑のときに、このやっかいな被告に、「舌抜きと両手首の切り落とし」を追加刑にするよう口添えしている。しかし法廷は、彼女を生きたまま火刑にすることで満足したようだ。
一六八○年二月二二日、ラ・ヴォワザンは拷問でさんざん痛めつけられた身を、火刑台に引かれていった。
火刑台に鉄のくさりで縛りつけられ、周囲にワラを積み重ねられていくあいだ、彼女は大声で呪《のろ》いの言葉をわめきながら、力まかせに足でワラを蹴散《けち》らそうとした。しかしついにワラに火がはなたれると、五、六回大きく身をよじったかと思うと、まもなくその姿は、勢いよく燃えあがる炎に包まれていったという……。