クレオパトラは毒蛇に噛まれて自殺したというのが定説だが、それも決して確かなものではない。ほかにも、毒入りのイチジクを食べたとか、ヘアピンに毒が塗られていたのだとか、一酸化炭素中毒だとか、さまざまな説がとなえられている。
いずれにしても、毒が自殺の手段だったことだけは確かなようで、クレオパトラは生前から、熱心に毒物に関する研究をしていたという。その目的はなんといっても、苦しまずに死んでいく方法を見つけることだった。
そこでクレオパトラは、罪人をモルモットに、医者にさまざまな実験をこころみさせた。これらの実験で分かったのは、まわりの早い猛毒ほど、ものすごい苦しみ方で死んでいくということだ。
さらにクレオパトラが求めたのは、肉体が醜く変化しないで死んでいくことだった。たいてい毒殺といえば、口から泡を吹いたり、体が醜くふくれあがったり、全身の皮膚があばたになったりと、ろくなことがない。クレオパトラが何より嫌悪したのは、そんな死に方だったのである。
そして実験の結果、毒蛇の毒がいちばん優れていることが分かった。確実に死ねるし、苦しみも比較的少ないし、肉体もあまり醜く変化しない。そこでつねづね生前の美貌をそのままに死にたいと思っていたクレオパトラが、毒蛇を用いて自殺したのではないかと考えられたのである。
クレオパトラと毒薬といえば、こんなエピソードがある。クレオパトラの愛人として名高いアントニウスは、ある時期から、自分が彼女から毒殺されるのではないかと恐れるようになり、毒味させた料理しか口にしなくなった。
愛人から自分が信用されていないことを悲しんだクレオパトラは、ある日、毒を塗った花の冠をつけて、食卓にあらわれた。食事が終わるころ、彼女は酒にその花びらを入れて、アントニウスにすすめた。アントニウスが疑うようすもなく杯を口に運ぼうとすると、クレオパトラはふと彼の手をおさえ、
「私はあなたを殺そうと思えば、いつでも殺すことが出来るのです。そんなチャンスはいくらでもあるのですよ。でも、私はあなたなしでは生きてはいけないのです。どうぞもう、私をお疑いになるのは、やめて下さいませ」
そしてクレオパトラに、一人の奴隷が、その酒を飲むように命じられた。彼はたちまちその場に倒れ、すさまじい形相で苦しみ悶えながら死んでしまったという。