毒ニンジンは沼辺に豊富に生じており、容易にすりつぶせるため、古代ギリシアでは死刑や自殺用に用いられていた。これを服用すると、しだいに全身が麻痺して、苦しむこともなく死んでいく。
古代ギリシアの哲学者ソクラテスが、死刑を宣告されて獄卒から渡されたのも、この毒ニンジンだったのである。ソクラテスが毒ニンジンを服用し、しだいに死に近づいていく様子を、弟子のプラトンは冷静に観察している。
毒ニンジンを飲んだソクラテスは、しばらく独房の中を歩きまわっていたが、足がだるくなってもう歩けないと言って、床に横たわってしまった。獄卒はソクラテスのからだを、足からだんだん上の方へとさわっていき、指先で足を強く押して「痛いか」とたずねた。
ソクラテスが「痛くない」と答えると、さらに獄卒は向こうずねからだんだん上のほうに向かって同じことを調べていき、しだいに冷たく硬くなっていくことを確認した。そしてプラトンに、この麻痺が心臓にまで来たら、死が訪れるのだと説明した。
痛みや苦しみはほとんどなかったようで、最後にソクラテスがプラトンに話しかけ、プラトンが返事をしたときには、もう答えは返ってこなかった。やがて体がぴくりと動いたので、獄卒が調べてみると、もうほとんどソクラテスの意識はなくなっていた。しばらくして獄卒がおおいを取りのけてみると、ソクラテスの目はすでにじっとすわっているばかりだったという……。