暴君ネロの好んだ殺し方は、縄で全身を縛りあげ、四肢の血管をすべて切ってしまうことだった。かつてのネロの家庭教師で、名高い哲学者のセネカも、ネロへの謀叛を疑われ、この自殺法を命じられた。
セネカは雄々しく覚悟を決めて、自らナイフで自分の腕の血管を切った。が、七〇近い高齢のセネカは、思うように血が出てこない。そこで足首の血管まで切ったが、苦悶が長引くばかりで、なかなか死にきれない。
今度は毒薬を口にふくんだが、それさえ効かないほど手足は冷えきって、全身の感覚がマヒしていた。結局は熱湯の風呂に入れられ、さらにスチーム・バスの熱気で命を絶つことになった。
ネロのかつての寵臣ペトロニウスも同じ死に方を命じられたが、ペトロニウスはせめてもと、趣味的な死に方をえらんだ。血管をみずから切ってから、気の向くままに切り口を閉じたり開いたりして、血の流れを調節しながら、そのあいだずっと友人たちとお喋りをつづけたのだ。
そしてネロを悔しがらせるため、死ぬまえに自分の高価な家具や宝石をすべて叩きこわした。それから饗宴の席に横になり、しだいに眠気におそわれ、うとうとしたまま、ついに目をさまさなかった。できるだけ自然死を遂げたように、よそおいたかったのだ。