ヨーロッパの身分の高い人々のあいだでは、いわゆる「塗りこめ」刑がときおり行なわれていた。罪人を生きたまま壁に塗りこめるやり方である。処刑場はたいてい、罪人の自宅。刑は秘密裡に行なわれるので、罪人の家族が汚名を受けることもないし、罪人自身も執行吏の手にかかって殺されずにすむというわけである。
やり方は、壁をくりぬいて、罪人をその隙間に閉じ込めて、周囲を煉瓦で塗りかためるという方法である。穏便なほうでは、壁に穴をあけて空気を通したり、食べ物を差し入れたりしていた例もあるようだ。いわば終身禁固のようなものだが、生き埋めとくらべて、どちらが残酷かはちょっと判定しにくいことである。
塗りこめといえば、こんなエピソードがある。ルネサンス時代、ローマのフィリッポ伯は傭兵隊長としてあちこちから引く手あまただったが、留守ばかりしているあいだに、二〇歳の若妻が部下と浮気していることが発覚した。彼は現場をおさえてやろうと決心し、「明日からフィレンツェ出張だ」と嘘をついて、城の近くに待機して妻を見張った。
夫の留守をいいことに愛人を城に連れ込んでいちゃついていた妻は、かくて愛人とのぬれ場を、夫とその手下どもに襲われたのだ。愛人の青年はその場で首をくくられたが、妻にはもっと残酷な刑罰が待っていた。
まず、城の地下牢に引きずっていかれ、釘抜きで一本、一本、野蛮に歯を引っこ抜かれる。ギャーッと狂ったような悲鳴をあげて暴れてもおかまいなしだ。口から流れ出る血で白いガウンを真っ赤に染めたまま、夫人は地下牢に閉じ込められた。
垂れ流す汚物にまみれ,歯のなくなった口で必死に許しをこう妻を、毎日フィリッポ伯は見物にきて楽しんだものだ。が、彼の刑罰はここでおわらなかった。ある日突然、兵士らが牢に押し入ってきて、いやがる夫人を無理やり城の一室に連れていった。そこでは部屋の一方の壁が、一メートル四方に大きくくりぬかれていたのだ。
兵士らは泣きわめく夫人を両側から捕らえて、無理やり壁のくぼみに押し込み、手早く壁の煉瓦を積みはじめた。またたくまに煉瓦の壁が出来上がると、つぎに兵士らは白い漆喰を煉瓦のうえに塗りはじめた。
季節は夏、たちまち漆喰もかわき、他の壁面と見分けがつかなくなるだろう。なかで夫人がどんなに泣こうと暴れようと、誰にも聞こえない。このまま恐怖のなかで狂い死にするか窒息死していくのが、彼女の運命なのだ。
兵士らはさっさと道具をしまって部屋を出ていき、城はまた、何もなかったようにシーンと静まりかえった。こわーい、男の嫉妬のお話である。