一四世紀イタリアのブルジョワ家庭に生まれた、パンドルフォという美青年は、キアラという四〇歳の人妻と不倫を楽しんでいた。このままいけば、ごく普通の火遊びで終わるところが、ある日からだに変調をおぼえたキアラが、医者にいったことから事情が変わった。医者から突然、不治の病にかかっていると宣告されたのだ。
死への不安より、キアラは、自分が死んだら、パンドルフォがさっさと自分を忘れてしまい、若い女とくっつくだろうと考えると、いてもたってもいられなかった。出来れば彼も、一緒に道連れにしたい。
考えあぐねているうち、ふと名案が浮かんだ。部屋のすみにあった、長さ二メートルばかりの木製の衣装箱である。横には息ぬきの穴もあるし、外から鍵をかけると、中からは絶対に開かない。
さっそくキアラは口実をもうけて、パンドルフォを呼び出した。夕食後、夫が別室に引きあげたころ、パンドルフォが到着した。ふたりが抱きあっていると、突然、召使が駆け込んできて、旦那さまがすぐここにやってきますと告げた。
慌てふためくパンドルフォを、キアラはうまく言い含めて、衣装箱のなかに隠れさせ、外から鍵をガチャリとかけた。そして、部屋に入ってきた夫に、こう言ったのである。
「私が死んだら、この衣装箱も墓に入れて下さい。大切な思い出の品々が入っているの」
夫は涙ながらにうなずいたが、中のパンドルフォはそれを聞いて、びっくり仰天。よほど叫んで助けを求めようかと思ったが、当時、浮気は死罪にあたる。ここで早まっては大変と、ぐっとこらえた。
計画が成功してホッとしたのか、キアラはその夜明けに急死した。墓地に運ばれた彼女の遺体は、大きく掘られた墓穴に、例の衣装箱と並んで安置された。だがいよいよ墓穴を埋めるだんになって、あまり穴が大きいので疲れてしまった墓掘りは、あとは明日だとばかり、穴を重しでふさいで帰って行ってしまったのである。
さあ、これでキアラの計画も大成功。あわれパンドルフォは墓のなかまで、女の道連れかと思われたが……。ひょんなことからこの計画は失敗する。夜中すぎの墓地に、キアラの甥をふくむ三人の男がひそんできたのだ。
キアラが衣装箱を墓に埋めてくれと懇願したという話を聞いた彼らは、衣装箱に何か高価な財宝でも入っているのではないかと考え、盗みに来たのである。彼らが重しをのけ、ふたのすきまにヤットコを入れて力いっぱい押し上げると、ついにギーッと音がして衣装箱のふたが開いた。
夢かと喜んだパンドルフォは、けたたましい叫びをあげて外に躍り出て、そのまま一目散に走り出した。こうして万一のところを命びろいしたパンドルフォだが、心にのこった傷はその後もいえず、酔っぱらうと、手当たりしだい相手をつかまえては、「女ってのは恐ろしい。キミも妙なのに引っ掛かると、大変な目にあうぜ」と、むきになって忠告したとか……。