一四世紀パリのセーヌ河の左岸に、二五メートルもの高さの塔がそびえる「ネールの城」という古い王家の城館があった。夕暮れになると、城館に面した通りに、顔をベールでおおった美しい貴婦人があらわれた。深くえぐった胸のデコルテから、ゆたかな乳房がのぞいていた。
女は通りかかった男に声をかけて、ネールの塔のなかに誘い込んだ。室内にはシャンデリアがともり、テーブルには豪華な御馳走や酒が並んでいる。男は、夢を見ているような気分だった。
夜がふけ、酒やごちそうを堪能したあとは、男は美しい貴婦人に案内されて、隣の寝室に消える。天蓋つきの豪奢なベッドのうえでは、全裸の美女がにっこり微笑んで男を迎えた。
そしてそのあとは、くんずほぐれつ、激しい快楽によいしれて……。
朝日がのぼるころ、塔の高窓から、大きな麻の袋がセーヌ河に投げこまれ、あっというまに波間にかき消えた。袋に詰められていたのは、昨夜ネールの館に迷い込んできた男の、無残な死体だった。
パリの町には、不気味な噂が流れた。夜毎に若い男たちがさらわれて、それっきり帰ってこないというのだ。
捜査がすすめられ、信じがたい事実が分かってきた。ベールに顔を隠した貴婦人とは、じつはルイ一〇世の王妃マルグリット・ド・ブルゴーニュと、シャルル四世の王妃ブランシュ・ド・ブルゴーニュだった。
これらの王妃たちが、気に入った男をつぎつぎとネールの塔に誘いこんでは、セックスの相手をさせ、ことが終わると、男を殺して麻袋に詰め込み、セーヌ河に投げ込んでいたというのだ。
かくて一三一四年、ついに王妃たちは捕らえられて、ガイヤール城に幽閉された。このエピソードはのちに、作家の大デュマによって戯曲化されている。