ソーニー・ビーンは、一三六〇年ごろ、スコットランドのエジンバラ近郊に貧しい百姓の子として生まれた。彼は物心つくと、そのころ知り合った一人の女とともに、寂しい海岸にある洞窟に住むようになった。彼らは二五年間もこの洞窟に住みついて、八人の息子と六人の娘をもうけた。しかもなんと、孫たちが三二人もできた。
こうしてたった一組の男女から五〇人もの大家族が出来、生産らしい生産もないまま、通りかかる旅人を襲うようになったのである。しかも彼らの追剥ぎは、ただ金や品物を奪うだけではない。その肉体をも食料として奪いとったのだ。
ビーンは必ず一家総出で旅人を待ち伏せし、集団を襲うときは、誰かが物陰に待ちぶせして、万一にも逃げる者がないようにした。一家の住む洞窟には、食料を保存するための天然冷蔵庫もあったようだ。それでもあまった肉は塩漬けにして、獲物のない時期にそなえた。
この地方を旅する者がつぎつぎと姿を消すので、さまざまな噂が立った。が、一人も逃げ帰った者はいないので、追剥ぎ一家の存在は誰も知らなかった。一家はますます傍若無人になり、要らない腕や足を海に投げ捨てるようになった。海岸に打ちよせられた人間の手足は、人々の恐怖をひきおこした。
少しでも疑わしい者は捕らえられて処刑され、行方不明になった旅人を泊めた宿の主人も、濡れ衣を着せられて首をはねられた。しかしこんなことをしても何の効果もなく、しまいにはこの地方の人口が目立って減るほどになった。
一家の逮捕は、偶然の産物だった。彼らの恐れていた、獲物の逃走があったのである。通りがかりの夫婦を襲ったところ、妻のほうは仕留めたのだが、他の旅行者の一団が通りかかってビーン一家を追い払ったため、夫の命は助かった。
夫は命からがらグラスゴーへ馬を走らせ、人々に殺人鬼どもとの戦いのてんまつを告げた。かくて四半世紀ものあいだ人々を戦慄させてきた殺人鬼一家の姿が、ついに白日のもとにさらされたのである。
しかし捕らえられた妻のほうは、喉を切り裂かれて溢れる血を飲まれ、ついで腹を裂かれて腹《はらわた》を引き出され、ビーン一家によってたかって貪り食われてしまった。
事件は国王の耳にまで達し、国王みずからが四〇〇人の兵士とブラッドハウンド犬の一群をつれて、ビーン一家狩りに出発した。一家の住処を探りあてたのは、ブラッドハウンドである。人間なら気づかずにすませたかも知れないが、犬には肉の臭いがあまりに強烈だったのだろう。
どっと踏み込んだ兵士たちが目にしたのは、地獄のような惨状だった。曲がりくねった穴の奥に、人間の肉や塩漬けの手脚が、所せましと吊り下げられていた。ビーン一家は抗おうともせず、兵士たちを呆けたような顔で眺めていた。
一家はその場で全員捕らえられ、鎖につながれてエディンバラの拘置所に入れられた。判決はすぐに下った。全員が、審理なしで処刑。彼らの犯罪が世間に与えた恐怖は大きかったが、国王が彼らに対して行なった処刑は、それ以上に残虐なものだった。
ビーン一家は、ゆっくりと時間をかけてなぶり殺しにされた。男たちは四肢を切り落とされ、死ぬまでその状態で放っておかれた。女たちは男たちの処刑をたっぷりと見せられたあと、生きたまま火あぶりにされた。しかし彼らはみな、犯した罪を悔い改める様子は少しもなく、死ぬ寸前まで呪いの声をあげつづけたという。