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美しき殺法37

时间: 2020-07-25    进入日语论坛
核心提示:殉 葬中国の最古の王朝である殷(紀元前一六〇〇〜一一〇〇年ごろ)では、兵士たちの殉葬という、残酷な習慣があった。一九二八
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殉 葬

中国の最古の王朝である殷(紀元前一六〇〇〜一一〇〇年ごろ)では、兵士たちの殉葬という、残酷な習慣があった。
一九二八〜一九三七年に発掘された殷時代の遺跡で、一〇の大墓と一〇〇〇近い小墓がみつかった。なかでも侯家荘で見つかったある大墓は、墓室の面積四六〇平方メートル、深さ一二メートルと巨大なもので、たぶん殷の王さまの墓だろうといわれている。
地下のほうに墓室があり、そこにいくまでの東西南北の四方には、広い墓道がつくられている。北と西と東の道には、それぞれ一つずつ殉教者のものらしい墓がある。
ところが南の墓道から、六〇近い首なしの人骨がごろごろ出てきて、発掘者を驚かせた。この道を埋めるとき、八組に分けて、首を切りながら埋めていったらしい。みな後ろ手に縛られ、前のめりにつっぷしている。ひざまずいたところを、背後から首をはねられたのだろう。
墓室の中央には七×六メートルの槨室があり、主人の木棺がおかれて、その下にさらに小さな穴があり、武装兵士と犬が埋められている。槨室の四隅と墓室の四隅にも、兵士と犬が埋められ、結局、大墓全体で計七三人分の骨が見つかった。
王墓のまわりには、頭だけの骨や胴体の一部の骨がごろごろころがっている。南の墓道に埋められた犠牲者たちの、残りの骨に違いない。つまり家畜を捧げるように、人間を殺して生け贄として捧げてあるのだ。頭がゴロゴロころがり、体骨がうずたかく積まれた凄惨な光景には、誰もが息を呑まずにいられまい。
同じような光景が、小屯の住居遺跡でも見つかった。宮殿の基壇のそばに、四頭だての馬車に乗った指揮官らを中心に、戦車隊や歩兵隊が首をはねられ、整然と隊をくむようにして葬られている。その数は五〇〇人を越えた。殷王朝が外征に動員した兵力は三〇〇〇〜五〇〇〇人というから、ここの人骨だけでその六分の一になってしまう。
が、一見愚かに見えるこの習慣も、当時の人々にはそれなりの理由があったのだろう。これは一種の、血による浄めの儀式だったらしい。人間の血が沢山流されれば流されるほど、死んだ王はあの世で安らかな生活を保証され、王朝の安泰も保証される。軍隊は目にみえぬ敵に対して国家を守るものだから、当然あの世でも勇敢に戦うだろうと、国家の六分の一にもなる兵力をすすんで葬ったのだろう。
犬が埋められたことについては、犬は動物のなかでいちばん人間に親しいし、人間より耳も鼻もよい。古代エジプトでも、犬は死者の霊魂をあの世に導く不思議な力をもつ生き物とされていた。殷の人々も、犬が死んだ王をあの世にみちびく、みちしるべになってくれると考えたのではないだろうか?
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