やはりラシェル博士の指揮でおこなわれた人体実験に、収容者を長いあいだ、極度に冷たい水のなかに漬けておいて、観察するというものがある。
実験台となったユダヤ人たちは、全裸にされて、氷水のなかに漬けられ、意識を失うまで放置された。首からは血が採血され、水の温度を一度下げるごとに、体温が計られた。もっとも体温が下がったのは、摂氏一九度を記録したが、たいていの人は、二五〜二六度ぐらいになると死んでしまった。
実験台になった捕虜を氷水から出すと、これをよみがえらせようとして、太陽灯や湯や電気療法がもちいられた。あるときなど、意識を失っている捕虜のからだを、二人の淫売婦の体のあいだに置いて、暖めようとこころみられたことさえある。
この実験を大変愉快だと考えたヒムラーは、ときどきパーティを開いては、これをナチの友人たちに見せたほどだ。すっかり満足のていのヒムラーは、親衛隊司令官のポールに、犠牲者をよみがえらせるのに利用する女性を、ダッハウ収容所で探してくるよう命令した。
さっそく四人の少女が用意されたが、それはヒムラーによると、「その女たちが強制収容所でも、とくにふしだらな淫売婦だったから、潜在的病毒を持っていると思われたから」だそうだ。