ダッハウとザクセンハウゼンの強制収容所が手狭になったので、ヒトラーは、ワイマールから六マイルのブッヒェンワルトに、もう一つの収容所を建設させた。
ある日ブッヒェンワルト強制収容所で、捕虜たちに対して奇妙な命令が出された。皮膚に入れ墨をしている者は、薬剤所に報告するようにというのである。
はじめは皆、なんのことだか分からなかったが、この謎はやがて明らかにされることになる。皮膚にみごとな入れ墨を持っている収容者は、選びだされ、さっさと注射をうたれて殺されてしまったのである。その死体は病理部に引きわたされ、ていねいに皮膚をはがされた。
はがされた人間の皮膚は、ブッヒェンワルト収容所長夫人である、イルゼ・コッホのもとに送られた。イルゼはそれらを用いて、電気スタンドの笠、しおり、手袋、ハンドバッグなどを作らせたのである。まさに、人類残酷博覧会だ。
イルゼは戦後、終身刑を言いわたされ、一九六七年に刑務所でシーツを使って首吊り自殺することになるが、権力の絶頂にあるころは、高価な酒を沸かした風呂に入り、指には夫が囚人からとりあげた、巨大なダイヤの指輪を光らせていたそうだ。