「ロンドンの吸血鬼」と恐れられたジョン・ヘイという男は、一九四四年から四年間のあいだに、九人の男女をつぎつぎと殺害してその喉から血を吸った。彼が飲みほした血の量は、ビール瓶二ダースは下らないと言われている。
最初の被害者は、彼が働いていた遊戯場の主人スワンで、ヘイは彼を自宅におびきだしてガス管で殴り殺し、その首をナイフで切り裂いて、傷口に口をつけて思いっきり血を吸った。血をしぼったあとの死体は、地下室の水槽に硫酸をいっぱいにたたえて放り込んだ。ジュッという音とともにものすごい白煙があがり、肉はもとより、骨や臓物までアッというまに溶けてしまった。
さらにヘイは、殺されたスワンの両親までおびきだして毒牙にかけ、スワンの筆跡を偽造して、スワン家の遺産四〇〇〇リーヴルをせしめとった。
つぎの犠牲者は、ロンドンの上流階級の医者であるヘンダーソン夫妻。妻のローズは若いときは美人コンテストで一位になったほどの美人だった。彼らが売りたがっていた持ち家を買いとるという話で、ヘイはたくみに夫妻に近づいたのである。
外見は華やかだが、じつはヘンダーソン夫妻の財政は窮迫していた。高価な宝石に目のないローズの浪費癖が問題で、夫妻は金のことで毎日のように口ゲンカをしていた。ヘイが目をつけたのは、その点である。
ある日とうとうヘイは口実をもうけてヘンダーソン夫妻を自宅におびきだし、前もってヘンダーソン邸から盗んでおいた拳銃で撃ち殺した。その夜、彼の家の地下室では、ゾッとするような血の饗宴がくりひろげられた。ヘイは二人の死体から思う存分血をすすり、このうえない陶酔を味わった。
部屋中の壁という壁、床という床が二人の血しぶきで染まったころ、ようやく満腹したヘイは、血を吸い取られて蝋人形のようになってしまった夫妻を、さっさと硫酸のなかに投げいれて始末してしまった。
結局ヘイは、合計九人の犠牲者を出したあげく、ついに発覚して捕らえられ、イギリスのワンズワース刑務所で絞首刑になった。彼が最後のときに、「希代の吸血鬼」として自分の蝋人形を造り、世紀の英雄や天才たちと並べて、名高いロンドンのマダム・タッソーの蝋人形館に飾ってほしいと懇願した話は有名だ……。