鏡は予言や予知能力を呼び起こす力があるとして、古くから用いられてきた。事業に失敗したり友人に裏切られたり、当時不運つづきだった、ニュージャージー州に住むオリバー・バーンバウムは、この鏡の能力をもって、他人の命を自由にあやつる力を手に入れようとした。
そこで彼が行なったのは、中世ヨーロッパでひそかに行なわれていたスペキュラムという儀式だった。バーンバウムは毎晩、人々が寝静まったころになると、自室に閉じ籠もり、精神を集中して鏡のなかをのぞきこんでいた。
はじめのころは、ただ彼の顔がうつっているだけだったが、しだいにそのなかに何か白い煙のようなものがかかり、その煙がしだいに何かの形をとりはじめたのだ。そしてとうとうある日、いつものように彼が鏡をのぞきこむと、みるみる一つの光景が、鏡のなかにはっきり浮かびあがってきたのである。それはバーンバウム自身がどこかの通りを歩いている光景だった。
それはバーンバウムが一度も見たことのない景色だった。ところがその数日後、彼は商用でよその町を訪ねることになり、通りを歩いているとき、それが鏡にうつっていたのと寸分たがわぬ光景であることに気付いたのだ。
こうして数カ月後に、ついにバーンバウムは自分の未来を鏡のなかに読み取ることができるようになった。それだけではない。彼はこの儀式を使って、自分の思いどおりの未来を作り出せるようになったのだ。
が、困ったことに、人一倍ねたみ深いバーンバウムは、未来をあやつる力を、ひたすら自分の嫌いな人間を破滅させるほうに傾けたのだ。たとえば彼が日ごろから憎んでいる人間の未来を鏡に映しだす。そしてその人間が飛行機に乗っている光景が映ったとすると、そこで「飛行機が墜落してしまえ!」と念じるだけでいい。数日のうちに、彼が念じたのとまったく同じことが、相手の身にふりかかるというわけだ。
こうしてバーンバウムが何人の犠牲者を血祭りにあげたかは定かではない。しかしある日、バーンバウムはまるで悪魔にみいられたように、スペキュラムの儀式でとんだ間違いをしてしまう。よりによって憎い相手にふりむけるはずの災難を、自分にふりむけてしまったのだ。
かくて悪霊たちが群れになって彼のもとに押し寄せ、ものすごい騒ぎがはじまった。家のなかを走り回ったり、ドアがばたんばたん音をさせて開いたり、家具が空中にうかんだり,いわゆるポルターガイスト現象が起こったのだ。このときは悪魔ばらいで有名なワーレン氏を呼んでどうにか呪いをといてもらったが、その後二度とバーンバウムはスペキュラムの儀式を行なわなかったという。