一九五一年、メキシコの大富豪アルフォンソ・テッサダが世を去った。その死体は防腐処置をほどこすのが困難なほど、動脈が硬化しており、最初は砒素による毒殺ではないかと疑われたものだ。
ところが、のちに調査のため死体を発掘したとき、マヌエル・ヴィラルタ博士が、死体に四ミリグラムの硝酸ウラニウムを発見して、大問題になった。
四ミリグラムの硝酸ウラニウムを手に入れるには、当時の金で一八万ペソという巨額の金が必要だった。よほどの大金持ちででもなければ、おいそれと手に入るものではない。
いったいテッサダを殺したのは誰なのか。やはり彼と同じ大富豪で、不倶戴天のライバル同士だった人物なのか、などと騒がれたが、結局、事件は迷宮入りになってしまった。
二〇世紀は、毒ガスや細菌戦争や核実験の時代である。ラジウムやウラニウムや放射能が相手となると、世界規模の大殺戮になることを免れない。
しかし、普通は大殺戮の道具と考えられているウラニウムが、一人の男を殺すのに利用されたという、前代未聞の例がこのテッサダ事件なのである。