一九七五年二月一六日、南アフリカのケープタウンで、盛大な結婚式が行なわれた。ケープタウン南西に広大な土地を有する大地主のフィチャード家では、ダブル結婚式で、二人の娘を同時に嫁がせたのだ。
二二歳の美しい姉ジョージナは二七歳のエイドリアン・ドライヤーの妻に、かたや愛くるしい二〇歳の妹カロリンは二七歳のダニエル・ローレンスの妻になった。実にお似合いの縁組だった。婿であるエイドリアンとダニエルは二人ともやはり大地主の出身で、最近、ケープタウンの農業技術大学を優秀な成績で卒業したばかりだからだ。
が、それから七年もたたぬうちに、お似合いとみえた二組のカップルが、それぞれ伴侶の非業の死で幕を閉じる結果になろうとは、誰も想像もしなかったろう。最初の悲劇は八〇年一月二八日に起きた。
その夕方、ダニエルとカロリンはレストランに食事に出かけたが、その帰路、少々飲み過ぎたダニエルが車のコントロールを失い、九〇〇メートルもある絶壁の底に突っ込んだのだ。カロリンは絶壁の縁で車がよろついた瞬間、一か八かで飛び下りた。幸い岩棚に倒れこんだので、かろうじて道路に這い上がって助かったという……。
第二の悲劇は、二年後の八二年二月一九日に起きた。その夜、寝室にひきとったジョージナは、脇腹にものすごい痛みを感じて、悲鳴をあげた。なんとベッドのなかに、恐ろしい毒グモがひそんでいたのである。
大きさはエンドウ豆ほどもないが、致命的な猛毒を持つボタングモ。たちまち猛毒が体内にまわりだし、ジョージナはゾッとするような苦悶のうめきをあげた。それを聞いて駆け込んできた夫エイドリアンが、毒グモを見つけて踏みつぶしたが、すでに遅く、救急車が到着するまえに、ジョージナはあっけなく息を引き取った……。
警察は、彼女の死に不審を抱いた。ボタングモはありふれた種類のクモではなく、ケープタウンの北方七〇キロほどのマルズベリ以外の場所ではほとんど見られない。それがウォルセスター(ジョージナの住居のある場所)の人家のベッドに現れるのは、百万分の一の確率だそうだ。
マルズベリの農業大学で昆虫学者たちがボタングモの研究に従事していると聞いて、警察はさっそく聞き込みを始めた。それらの昆虫学者によると、ボタングモは比較的限られた地域に生息しているが、なにせ毒性が強力なので、なんとか絶滅させようと様々な手段をこうじているという。
しかし興味深いのはつぎの話だった。二週間ほどまえ、ウィットウォーターズランド大学の、ヘレナ・ディッペンサー博士なる人物が訪ねてきて、研究用にボタングモを一〜二匹分けてほしいと言ったというのだ。背の高い大柄な女性で、ブロンドを後ろにひっつめ、濃いサングラスをかけて、地味なツィードのスーツを着ていたという。
二月五日に偽名を使って珍種の毒グモを入手した女性がおり、二月一九日に別の女性がその種のクモに殺された。これは偶然の一致だろうか? 警察はディッペンサー博士なるものを探して捜査を開始したが、ジョージナやエイドリアンの親族にそんな人物はみつからなかった。
しかし捜査をすすめるうちに、警察は、故ジョージナの夫のエイドリアンが、義妹のカロリンと男女の関係であることを知った。結婚式以来その関係はつづいており、召使たちは二人の情事の現場を目撃したこともあるという。
警察は、二年前のダニエルの事故死にも疑いを持って捜査を再開したが、彼の死因が断崖から車ごと転落したためであり、解剖の結果、血中にかなり高濃度のアルコール分が認められた事実も明らかだった。
ただ、ダニエルの友人たちに聞き込みを続けた結果、ダニエルが死の一年ほど前から急に深酒をするようになり、いつもむっつりふさぎこんでいたという証言が得られた。彼が妻カロリンとエイドリアンの不倫に勘づいていたことは明らかだ。
警察はカロリンに疑いをかけたが、ディッペンサー博士を名のって毒グモをもらいにきたという女性と、彼女との共通点は、ただがっしりした大柄の体格というだけだった。ディッペンサー博士はブロンドでフォードを運転していたというが、カロリンは茶色の髪でビュイックに乗っている。
当初警察がむしろ犯人とにらんだのは、ジョージナの夫のエイドリアンだった。ダニエルの死が事故だったかどうかはともかく、ダニエルについでジョージナまであの世に行ってくれれば、愛人同士にはあまりに都合の良い話ではないか?
さらに調査をつづけると、あるレンタカーの店に、ディッペンサー博士らしきブロンドの女性がビュイックで乗りつけて駐車場に入れると、そのかわりにフォードを借り出して運転して行ったという事実が判明。レンタカーの店側では、ビュイックを置いていってもらっただけで充分で、あえて運転免許証も身分証明書のたぐいも見なかったという。
警察はカロリンの自宅を家宅捜索することを決意した。その結果、彼女が毒グモや毒蛇など有毒生物に関する参考文献を、相当数コレクションしていることが判明した。みな最新の文献ばかりで、かなり読み込んだあとが見られた。
しかし警察が家宅捜索をつづけているうちに,階下でズドン! とにぶい音がひびいた。もう最後だと悟ったカロリンが、一二口径の猟銃で自殺をはかったのである。時すでに遅くこと切れていたが、あとには書き置きが残され、すべての罪を告白していた。
例の晩、カロリンは夫をそそのかしてしこたま飲ませ、わざと酔っぱらい運転をするよう仕向けた。崖ぞいの危険な区間にさしかかったとき、彼女はだしぬけにハンドルを思い切りひねった。自分はすぐに飛び下りたが、不意をつかれたダニエルは急停車出来ず、そのまま断崖をこえて突っ走っていったという……。