韓国では、お金持ちはひと握りしかいないが、彼ら一人一人のもつ財産は極端に大きい。そして彼らは湯水のようにお金を使う。いわゆる大盤ぶるまいをすることが、お金持ちの特権であり、またお金持ちはそうすべきものだという倫理めいた考え方もある。そこで、韓国でお金持ちと言えば、莫《ばく》大《だい》な資産を身内や気にいった相手にふるまう者、とイメージすることになる。一方、日本にお金持ちは多いが、極端な資産家はほとんどいない。また、生活は一般人とかわらずにつましいものだし、派手にお金を使うこともない。そういう意味では、韓国で言うお金持ちの絶対数は日本では非常に少ないのだ。
日本をお金持ちだらけの国とイメージして来た韓国の女たちにも、しだいにそうした現実がわかりはじめて来ている。しかし、いまだ「ジャパゆきさん」の成《せい》功《こう》譚《たん》につられ、それがそろそろ神話となりかけているにもかかわらず、日本を目指す女たちの数は増加し続けている。
そして、その増加する女たちはもはや国への送金とはおよそ無縁な目的でやって来る。ある調査によると、日本の外国人労働者の収入ナンバーワンは韓国人だが、本国への送金額は第七位、アジア諸国のなかではほぼビリだということだ。
ただ、年々増加する韓国人ホステスたちのなかには、かなりの離婚歴の持ち主が含まれている。これがまた韓国特有の事情によるものなのだ。
韓国の離婚率はこのところ急激に増えており、一九八九年にはついに日本と同率を示した。これは韓国社会の、ある意味では「よき」大きな変動の一つだとみたい。この現象は、儒教的な家族倫理の悪い面、つまり女の自由を束縛し、女に耐えることを求める家族観に、韓国の女たちがやっと反撃をはじめたことを示すものではないかと思うのだ。
こうした社会の流れは日本でもかつて体験したことだったろう。しかし、日本の場合、女たちが国外へ逃げることはなかった。日本の社会自体がそれを受け容れることができたからである。韓国ではいまだに、離婚した女が再び結婚することはきわめて難しい。そして、もちろん経済的な自立も、である。
いま、韓国の女たちに勇気をもって離婚する者が増えているのには、家から離れても女を受け容《い》れてくれる日本の社会の存在が大きい。事実、日本で働くことをあてにして、泣き寝入りをやめて離婚したと私に話してくれた女性を何人も知っている。
ただ残念なことには、彼女たちは日本に来てもまた男に頼ろうとしている。選択する職業はまず水商売に限られているのだ。確かに、日本のような高度産業の仕事が多いところに対して、それに見合った労働者の素養を彼女たちが培《つちか》うことのできる土壌が韓国にはない。それにしても、彼女たちができる仕事は日本にいくらでもあるのだ。
それはともかくとして、多くの女たちが自分の国に生きる場を見出せず、日本を頼って流出して来ている。女たちが外へ外へと流れ出す国、韓国。そしていま、この流れはすでに、だれの力をもってしても抑えることのできない、歴史的な力を持ちはじめている。
日本をお金持ちだらけの国とイメージして来た韓国の女たちにも、しだいにそうした現実がわかりはじめて来ている。しかし、いまだ「ジャパゆきさん」の成《せい》功《こう》譚《たん》につられ、それがそろそろ神話となりかけているにもかかわらず、日本を目指す女たちの数は増加し続けている。
そして、その増加する女たちはもはや国への送金とはおよそ無縁な目的でやって来る。ある調査によると、日本の外国人労働者の収入ナンバーワンは韓国人だが、本国への送金額は第七位、アジア諸国のなかではほぼビリだということだ。
ただ、年々増加する韓国人ホステスたちのなかには、かなりの離婚歴の持ち主が含まれている。これがまた韓国特有の事情によるものなのだ。
韓国の離婚率はこのところ急激に増えており、一九八九年にはついに日本と同率を示した。これは韓国社会の、ある意味では「よき」大きな変動の一つだとみたい。この現象は、儒教的な家族倫理の悪い面、つまり女の自由を束縛し、女に耐えることを求める家族観に、韓国の女たちがやっと反撃をはじめたことを示すものではないかと思うのだ。
こうした社会の流れは日本でもかつて体験したことだったろう。しかし、日本の場合、女たちが国外へ逃げることはなかった。日本の社会自体がそれを受け容れることができたからである。韓国ではいまだに、離婚した女が再び結婚することはきわめて難しい。そして、もちろん経済的な自立も、である。
いま、韓国の女たちに勇気をもって離婚する者が増えているのには、家から離れても女を受け容《い》れてくれる日本の社会の存在が大きい。事実、日本で働くことをあてにして、泣き寝入りをやめて離婚したと私に話してくれた女性を何人も知っている。
ただ残念なことには、彼女たちは日本に来てもまた男に頼ろうとしている。選択する職業はまず水商売に限られているのだ。確かに、日本のような高度産業の仕事が多いところに対して、それに見合った労働者の素養を彼女たちが培《つちか》うことのできる土壌が韓国にはない。それにしても、彼女たちができる仕事は日本にいくらでもあるのだ。
それはともかくとして、多くの女たちが自分の国に生きる場を見出せず、日本を頼って流出して来ている。女たちが外へ外へと流れ出す国、韓国。そしていま、この流れはすでに、だれの力をもってしても抑えることのできない、歴史的な力を持ちはじめている。