先に述べたように、韓国では近年離婚が急増し、一九八九年の離婚率は日本と同率を記録するほどの高さを示している。こういうことは、これまでの韓国社会からはおよそ考えられないことであり、まさに画期的なことと言わなくてはならない。
私がこのように話すと、ある大学教授からは次のような感想が返ってきた。
「そうですか、韓国の社会でも、ようやく離婚の自由が一般に認められるようになってきたんですね」
なるほど、当然そうお考えになるでしょうねと言って、私はそれが誤解であることを長々と説明したことがある。
確かに、古い社会体質をもった国で離婚が増加しはじめれば、社会の近代化が進み、人々の意識も大きく変わってきたことを意味するのが普通だ。ところが韓国でいま起こっていることは、離婚は増加しているものの、社会的な意識の方にはことさらな変化がみられないという、実に不思議な現象なのである。
韓国では、「女は死んでも嫁《とつ》いだ家の霊となれ」という、古くからのコトワザが、いまだに厳然と生きている。離婚は決してあってはならない社会的なタブーなのだ。李《り》氏《し》朝鮮時代では、出戻り女は父母がそっと差し出す毒薬入りの茶を飲んで死ぬべきものとされた。現代ではまさかそのようなことはないが、親は離婚した娘を厳しく叱《しつ》責《せき》し続け、決して許してはならないという通念が強く支配している。
離婚して実家に戻った女たちは、生涯にわたって「女の道を踏み外した失格者」のレッテルを貼《は》られ、家族や親《しん》戚《せき》縁者からの冷たい眼《まな》差《ざ》しと差別的な待遇を受けて生きていかなくてはならない。そのため、離婚しても実家に帰る者が少なく、また、いたたまれずに実家を飛び出す女たちは多い。
彼女たちはどこか遠くへ行って人知れず生きたいと思う。彼女たちの親も、まわりから辱《はずかし》めをうけなくてすむので、できることなら、娘にそうして欲しいと願う。そうした親《おや》娘《こ》の前に浮かび上がってくるのが、日本という国なのである。
国を離れた遠いところでならば、男のお酒の相手をしても、またたとえ身体を売ったとしても知られないですむ。それで経済的な自立ができるならば、だれにいじめられることもなく一人で暮らしてゆける。そこで近年、韓国の女たちの間でささやかれるようになった言葉が、「離婚したら日本へ行け」なのである。日本は、離婚した女でも歳《とし》をとった女でも、また外国人でも、関係なく雇ってくれる職場がたくさんある……。韓国の女たちのなかで最近とみに話題となる日本は、そのような日本なのだ。
家族に離婚した者があれば、その「被害」は、世間から後ろ指をさされる親だけではなく、家族全員にまで及ぶ。たとえば、娘が結婚する場合、彼女の兄か姉が離婚していたとすれば、それは大きな、いや、多くの場合決定的な障害ともなる。何はともあれ、家族に「きれいな戸籍」のそろった相手が第一に結婚の対象として選ばれなくてはならない。そのため、離婚して一回でも書きかえられた戸籍は、取り返しのつかない「汚《よご》れた戸籍」となるのだ。
この汚れが消えることのないものであれば、それが二回になろうが三回になろうが同じこと。そう考えて、結婚ビザを手に入れてでも日本に行こうとする女たちが出てくる。日本で働く韓国人ホステスの三人に一人が離婚した女たちである。
私がこのように話すと、ある大学教授からは次のような感想が返ってきた。
「そうですか、韓国の社会でも、ようやく離婚の自由が一般に認められるようになってきたんですね」
なるほど、当然そうお考えになるでしょうねと言って、私はそれが誤解であることを長々と説明したことがある。
確かに、古い社会体質をもった国で離婚が増加しはじめれば、社会の近代化が進み、人々の意識も大きく変わってきたことを意味するのが普通だ。ところが韓国でいま起こっていることは、離婚は増加しているものの、社会的な意識の方にはことさらな変化がみられないという、実に不思議な現象なのである。
韓国では、「女は死んでも嫁《とつ》いだ家の霊となれ」という、古くからのコトワザが、いまだに厳然と生きている。離婚は決してあってはならない社会的なタブーなのだ。李《り》氏《し》朝鮮時代では、出戻り女は父母がそっと差し出す毒薬入りの茶を飲んで死ぬべきものとされた。現代ではまさかそのようなことはないが、親は離婚した娘を厳しく叱《しつ》責《せき》し続け、決して許してはならないという通念が強く支配している。
離婚して実家に戻った女たちは、生涯にわたって「女の道を踏み外した失格者」のレッテルを貼《は》られ、家族や親《しん》戚《せき》縁者からの冷たい眼《まな》差《ざ》しと差別的な待遇を受けて生きていかなくてはならない。そのため、離婚しても実家に帰る者が少なく、また、いたたまれずに実家を飛び出す女たちは多い。
彼女たちはどこか遠くへ行って人知れず生きたいと思う。彼女たちの親も、まわりから辱《はずかし》めをうけなくてすむので、できることなら、娘にそうして欲しいと願う。そうした親《おや》娘《こ》の前に浮かび上がってくるのが、日本という国なのである。
国を離れた遠いところでならば、男のお酒の相手をしても、またたとえ身体を売ったとしても知られないですむ。それで経済的な自立ができるならば、だれにいじめられることもなく一人で暮らしてゆける。そこで近年、韓国の女たちの間でささやかれるようになった言葉が、「離婚したら日本へ行け」なのである。日本は、離婚した女でも歳《とし》をとった女でも、また外国人でも、関係なく雇ってくれる職場がたくさんある……。韓国の女たちのなかで最近とみに話題となる日本は、そのような日本なのだ。
家族に離婚した者があれば、その「被害」は、世間から後ろ指をさされる親だけではなく、家族全員にまで及ぶ。たとえば、娘が結婚する場合、彼女の兄か姉が離婚していたとすれば、それは大きな、いや、多くの場合決定的な障害ともなる。何はともあれ、家族に「きれいな戸籍」のそろった相手が第一に結婚の対象として選ばれなくてはならない。そのため、離婚して一回でも書きかえられた戸籍は、取り返しのつかない「汚《よご》れた戸籍」となるのだ。
この汚れが消えることのないものであれば、それが二回になろうが三回になろうが同じこと。そう考えて、結婚ビザを手に入れてでも日本に行こうとする女たちが出てくる。日本で働く韓国人ホステスの三人に一人が離婚した女たちである。