このような場面は、私自身の体験でもたくさんあった。日本人女性の友だちの家に遊びに行ったときのことである。彼女はご主人に私を紹介しながら、「ちょっと食事の仕《し》度《たく》をしてくるわ」と言って立ち上がろうとした。すると、ご主人は「せっかくだから、二人でゆっくり話をしたら? 僕がやるから」と台所へ立った。彼女はそのとき、「悪いわね、お願いします」と、そして「ごめんね」とさらに声をかけるのだ。
夫が台所に立つことなど韓国では考えられないことで驚いたのだが、それ以上に、夫に対して妻が「ごめんなさいね」とか「お願いします」とかいうのには、あっけにとられてしまった。そのような夫婦があることを私はそのとき初めて知ったのである。
日本人の夫婦とはいったいどんな気持ちでいるのかと訝《いぶか》しく思いながら、「いいご主人ね」と私が探りを入れるつもりで言うと、彼女はさらに私を驚かせるようなことを言う。
「あなたも知っている私のお店ね、あの小さなファッションのお店は夫からお金を借りて出したのよ。そうじゃないといいかげんになるでしょ。だけど、なかなかうまくいかなくて、夫にお金を返せないの、申し訳ないのよね」
私は夫婦で共稼ぎをしているアメリカ人の友だちから、自分の給料袋はそれぞれ自分で管理し、家計に必要な分をお互いの給料から供《きよう》 出《しゆつ》するということを聞いて、なるほど、西洋人とはそんなものかと思っていた。しかし、同じ東洋人であり、しかもすぐお隣の国の日本人から、夫にお金を借りるとか、しかも返せないで申し訳なく思うなどという話を聞かされようとは思ってもみなかったのである。
韓国でも夫に対して「お金を貸して下さい」ということはある。しかしその場合は、自分の実家で必要だとか、自分の友だちのためにどうしても必要だとかいう場合である。そういう個人的な理由だから、「貸して下さい」と表現するにすぎない。その場合でも、お金を返すとか申し訳ないと思うとかいうことは、韓国ではあり得ないことだ。夫婦仲が悪い場合にはそういうこともあるかもしれないが、通常ではまずないことである。