日本の新興宗教では、信者が集会などで、「こんな奇跡をいただいた」と報告すると聞いたが、多くの韓国のキリスト教会でも同じことをやっている。
教会で行なう信徒の交わりの集《つど》いで、牧師が、祝福を受けたことを話しなさい、奇跡の証《あか》しをしなさいと言い、信徒たち一人一人が報告をするのだ。会社の経営状態がよくなったとか、病気がなおったとか、結婚相手が見つかったとかいう信徒たちの報告に、熱心に耳が傾けられる。
奇跡があるということは、それだけ神の祝福を受けた人、神により近い人だと見なされる。そこで信徒の集いは、「自分はこんな奇跡を受けた」という報告競争ともなるのである。
ここで、私と同じ教会に通う、一人の韓国人ホステスが語ってくれた奇跡話とその祝福感についてお話ししてみたい。
彼女は日本でのホステス生活に疲れ果てていた。韓国クラブが乱立して過当競争となり、上得意のお客さんを確保することが難しい時代に入ったのだ。そのため、複数のお客さんを相手に目まぐるしく立ち働かなくてはならなくなっていたのである。
彼女は常に、
「はやくよいパトロンが現われて、はやくホステスをやめられますように」
と祈っていた。もちろん、文字通りそう口に出して祈るのだ。
韓国ではホステスはよくない仕事であり、複数の男性と接することは大きな悪である。だから、彼女たちは常に、自分は神さまに対して罪を犯していると感じている。パトロンの出現は、豊かな生活の獲得(人生の成功)であると同時に、罪人である自分からの脱出なのである。
彼女は毎日熱心に神さまに祈ったのだが、パトロンとなってくれる男がなかなか現われない。そこで彼女は、次のように神さまに誓いをたてて、断《だん》食《じき》祈《き》祷《とう》に入っていった。
「願いをかなえて下されば、私は神さまのために一生懸命に教会の仕事に精を出します」
断食祈祷が終わって間もなく、彼女は「奇跡よ! 祝福よ!」と、大声をあげながら、語学教室をかねている私の事務所へやって来た。その、満面に笑みを湛《たた》えてはしゃぐ彼女に、私が「どんな祝福なの?」と聞くと、彼女は得意そうに話しはじめた。
「一年前に私のことを好きだと言ってくれていた人がいたんです。でも、ずっと連絡がなくて、すっかりあきらめていました。ところが、断食祈祷が終わるとね、すぐ、その連絡のなかった彼が私のお店に現われたんです。これはまさしく奇跡だわ。私は祝福をいただいたのよ」
そう、お祈りの効果がすぐに出たということは、普通の人より神に愛《め》でられている証拠だとは、しばしば牧師の言うことである。
男はすぐに彼女に店を辞《や》めるように言い、彼女が店からしていた借金(取り損ねたお客のつけ)をすべて返してやった。不動産会社を経営しているその男は、最近仕事がうまくいくようになったので再び彼女の前に現われたのだった。
彼女は、さっそく神さまに感謝の祈りを捧《ささ》げ、すぐに店を辞めた。そして、教会へはかなり高額の献金を行なった。もちろん、奇跡のお礼である。
彼女は、神さまにたてた誓いのとおり、毎日、毎日、教会の仕事にいそしんだ。日曜学校の先生をしたり、聖歌隊の仕事をしたり、いろいろな行事の運営の仕事をしたりで、教会へ出ない日が一日もないような生活が始まった。
彼女はそれまでは、私の語学教室に熱心に通って来ていたのだが、まるで顔を出さないようになり、教会以外の人間関係もなくなってしまっていた。「もっとみんなとつき合ったら?」と言う私に、彼女はこの生活のなかで、自分は大きな喜びを感じると言うのだった。
そして二カ月ほどたって、その男が再び行《ゆく》方《え》不明になってしまった。彼女は傷ついたが、仕方なくホステス生活へもどっていった。
ある日教会で、寂しそうな顔をしてお祈りをする彼女を見つけ、私は「どうしたの?」と声をかけた。彼女は男が去って行ってしまったことを話しながら、その原因は自分の油断にあったのだと言う。
「道でばったり前の店のお客さんと出会って、食事を誘われたの。彼がいるから断わろうと思ったんですけど、断わり切れなくて……。ああ、他の男とつき合ってしまうなんて、うっかりしてたんだわ。私が罪を犯したから神さまが怒って彼を去らせたのね」
彼女にとっては、かつての客との食事が浮気と同等の意味を持っていて、それを神さまに対する罪と考えるのである。実際には、その男の会社が再び傾き、大きな借金を抱えてしまい、夜逃げを決め込んだのだったが。
彼女は自分の信仰が足りなかったと神さまに詫《わ》び、またまた「よいパトロンを……」とお祈りするようになり、再び断食祈祷へ入っていった。まるで、神がかったムーダン(韓国の巫《ふ》女《じよ》)にも似た彼女の面持ちが哀れで、私はつい、聞くまでもないことを彼女に聞いていた。
「どうしてそんなにパトロンを願うの? お店で働くだけでも十分やっていけるんだからいいじゃない」
「だって、お店にいれば、どうしてもたくさんの男の人とつき合わなくてはならないでしょ? それは重い罪だもの」
なに言ってるの、パトロンには奥さんがいるんだから、その方がよけい罪じゃない——そう言おうとしたのだが、これも言うまでもないことと口には出さなかった。