韓国では男の浮気が激しいものの、夫婦は一心同体であり、心までもひとつになってこそ夫婦だと感じている。心も身体も、男にはないもの、男ができないことを、女が加えてはじめて男女がひとつになるという考え方である。いくら夫婦でも人格がひとつになれるわけはないと考える日本人の常識とはだいぶ違っている。
すでにお話ししたように、韓国人夫婦の間では、お願いします、ありがとう、ごめんね、などの言葉を交わすことはない。それも、夫婦は一心同体という感じ方から来ている。そうした言葉を言い合っている日本人夫婦を韓国人が見ると、好きではない間柄だからこそ挨《あい》拶《さつ》をしているのだと見えてしまう。
また、日本人は他人の前で自分の妻を貶《おとし》めるような言い方を、口癖のようにする。
あるとき、日本人と結婚して暮らしている韓国の女が、深刻な顔をして私に意見を聞きに来たことがある。
「主人の友だちが訪ねて来て、『奥さんはとてもきれいな方ですね』と言うのに、主人は『いやあ、頭の方がダメなもんで……』と言うんですよ。ようするに私をバカだと言っているわけ」
それでひとしきり喧《けん》嘩《か》をした後、私のところへ来たのだと言う。
「他人の前で、どうして自分の妻を辱《はずか》しめるような言葉を使えるんですか、まったくあの人の気持ちがわからないんです」
彼女は私の前で夫への怒りをぶちまけ、やがて力なく肩を落として、こんな風に言った。
「こんなことは一度や二度ではないんですよ。どう考えても私のことを嫌いだとは思えないのにね、なぜあんな言い方をするのかしら。表では言えないから、裏で私を愛していないということを言いたいんだと思うんです。日本の男はやっぱり二重人格者なんでしょうね。もう韓国へ帰ってしまいたいわ」
まさしく、笑うに笑えない誤解である。こうした礼儀などの習慣の違いから、深刻な悩みを抱える韓国の女は実に多い。私は彼女に通じるかどうか不安に思いながらも、日本では、身内の者を低く、外部の者を高く言うのが礼儀だということや、日本的な内と外とのバランス感覚について話してみた。
彼女は、まったく理解できないと言ったが、それでも、
「先生がそう言うのだから信じます。なんとか理解してみようと思います」
そう言って帰って行った。
私はそう言いながらも、もし私が彼女の立場ならば、いくら日本の礼儀ではこうだとわかってはいても、とてもニコニコとしてそんな挨拶につき合ってはいられないだろうと思えた。
夫婦は一心同体。それを日本的な夫婦の習慣のなかで感じとることは韓国人には難しい。日本人のように、夫婦でも「自分は自分、あなたはあなた」と考えられたとして、どうやって夫への愛を表わすことができるのだろうかと、どうしても思ってしまう。
日本人の夫とはうまくやっているという韓国の女に聞いても、そのへんになるとやはり首をかしげる。しかし、もちろん、壁を越えた女も多い。ある高年の韓国人妻からは、こんな話を聞いたこともある。
「だから、とっても不安になって、いつも相手の愛を確認したくなるのよ。そのため、すぐ会社へ電話したり、『愛しているって言って』と言ったりしちゃうんだけど、それもまた嫌がられるのね。でも、最近は、夫もわかって来たらしく、けっこうそうした私の不安に応えてくれるようになったわ」
私には夫婦の体験がないため、そのへんはまるでわからない。