一九九〇年代に入って、韓国からの外資系企業の撤退が目立って多くなっている。高賃金、ウォン高、労働争議の三つが主な理由だとされる。企業がより条件のよい市場へと拠点を移してゆく、自由市場経済の自然な流れのひとこまである。
そこに私のような専門外の者が口をさしはさむつもりはないが、このところ、背中に「日本企業は搾《さく》取《しゆ》するだけ搾取して逃げてゆく」という罵《ば》声《せい》を浴びせられて帰国し、「なんという人たちだ」と憤慨する日本人ビジネスマンに出会うことが多いのも事実だ。
確かに、賃金も退職金も支払わずに、夜逃げ同然の形で撤退した企業も少数だがあった。しかし、そうでもしなければ、他の多くのビジネスマンたちのように、監禁されたり、出国を禁止されたりしたかもしれなかった。しかも、撤退せざるを得ない条件を韓国自らがつくったことも確かなことだった。
「なんという人たちだ」という日本人ビジネスマンたちの声は、その点への責任感覚が、韓国側からまるで伝わってこないための苛《いら》立《だ》ちを表わしたものだった。
ある日本人ビジネスマンは、確かに韓国の企業条件は製造業に不利になったが、そうなるのは前からわかっていたことなのに、そのための企業努力がまるでなかったと嘆きながら、こんな話を聞かせてくれた。
「うちはコンピュータの付属機器の製造を合弁でやったんですが、だいたい、いい製品をつくろうという気がないんですね、経営者にも労働者にも。どっちも目先の計算ばかりやってるんですよ。そこで僕はいつもこう言うんです。そうじゃない、いますぐ儲《もう》からなくたっていいんだ、金は出しますよ、うちは。それより欠陥品が出ないようにしないと、もうすぐ台湾にやられますよ。日本もかつては、『安かろう悪かろう』ではやっていけなくなった体験があるんだから——。毎日そんなこと言ってたんですけどね、結局、まる損とまではいかないけど、こちらが出す金をむだ食いされて、けっこう痛手を受けましたね」
そのほか、私が聞いた話のなかでは、とくに、無理な経営権の要求とか、出資比率を無視した利権の要求とか、リスクをみんな日本側に負担させようとするとか、韓国側のパートナーシップを問題にする意見を多く聞いた。